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ドルネロが不敵に笑ったその日から数日後。
ギエンの運転する車の走行を妨害し重症を負わせたとする傷害致傷の罪で、一人の青年が
警察に逮捕された。
青年の名はシオン。
まだ少年のようなあどけなさを残す顔立ちとは裏腹に腕の立つ修理屋として、町では少な
からず評判の青年だった。
両親はないが姉のユウリと二人暮しで、姉思いの心優しい青年としても親しまれていた。
事件当日、シオンは確かに事故現場に居合わせていた。
しかしギエンの事故と負傷は本人の暴走行為によるものであり、その容疑が全くの濡れ衣
であることは誰の目にも明らかであった。
全ては、シオンの肉体をギエンの肉体の代替品として手に入れるためにドルネロが警察を
抱き込んで仕組んだ謀略だった。
異例の速さで始められた裁判で、シオンの人となりを知る町の仲間たちは、シオンを救う
べく何人もが弁護側の証言台に立ったが、そういった者は次々とドルネロの手によって合
法的に処理され、口を塞がれていった・・・。

「ギエンの奴の素行が悪いのは知っている。町ではドラ息子、ゴロツキなどと呼ばれて嫌
われていることもな。だが俺の一人息子だ。俺はただテメェの息子を助けてぇだけだ」
着々と裁判の進む中、ドルネロは自室で葉巻を燻らせながら独り言のようにそう呟いた。
そしてゆっくりと直人を振り返り、ギロリと目を光らせた。
「あの修理屋の体・・・ギエンの手術に使えるだろう?」
「使えんことはないが・・・な」
ことさら冷めた口調で答えた直人をドルネロはせせら笑った。
「ふふん、そう睨むな。テメェの言いてぇことは分かるぜ。だがな、一人のドラ息子のた
めに一人の善良な市民が犠牲になる。そんなことがあったって別に構やしねぇのさ。世の
中は善人の為だけに出来てるわけじゃねぇ。何事も金と力だ。そうだろう?」
「・・・・・・」
「ちょっと調べさせてもらったが・・・テメェだって手術の腕は世界一かもしれんが無免
許医じゃねぇか。どうせモグリの医者だろう?おおっぴらに世間を歩けねぇ身だ。違う
か?」
「・・・・・・」
「俺を訴えられるもんならやってみな。逆にテメェを牢にぶち込むなんざワケはねぇ。蛇
の道は蛇ってわけだ・・・なぁ?」
「ふ・・・分かった」
無言のまま、並べ立てられるドルネロの持論を聞いていた直人だったが、反論できるもの
ならやってみろと言わんばかりに高圧的にねめつけ、同意を促してくるドルネロに、口の
端を吊り上げて笑いながらはっきりとそう言った。
「な、直人っ!?」
直人のその言葉に、非人道的なドルネロのやり方に歯噛みしながらも同じく側で黙ってい
た竜也は、信じられない思いで目を見開き声を荒げた。
そんな竜也を尻目に直人はさらに言った。
「手術代を三倍の30億もらおうか。それで手を打ってやる」
「直人・・・!」
「ふ・・・ふふ・・・はははは!!話が分かるじゃねぇか!流石に俺が見込んだ通りの男
だ・・・テメェほど俺の息子を治すのに相応しい名医はいねぇ!!はははは・・・っ!」
「直人・・・」
竜也は戸惑い悲しげな瞳で直人を見つめた。
しかし直人はそんな竜也の視線など意に介さぬ様子で竜也を見向きもせず、室内にはドル
ネロの勝ち誇ったような高笑いがいつまでも響き渡っていた。

「当法廷は被告・シオンを有罪と認め、原告・ギエンの怪我の治療の為にその肉体を提供
することを命じる」
静寂に包まれた法廷で多くの人々が見守る中、罪なき青年に無情な判決が下された。
ギエンは全身ほとんど入れ替えなければ助からない状態で、その判決は即ち死刑と同じで
あった。
それはすぐにドルネロに報告された。
「おお、そうかご苦労。裁判は終わった。早速手術を始めてもらおうか」
結果を聞いたドルネロの急かすような指図に直人は、
「ああ」
とだけ短く答えて医療鞄を手に立ち上がった。
「一つだけ言っておくがな」
そのまま部屋を出て行くかに思われた直人はドアの前で不意に立ち止まり背中越しにドル
ネロに言った。
「俺はあんたの息子を助けるが、助けた後は一切責任を負わん。それでいいな・・・?」
「勿論だ。完全に治りさえすりゃあ文句はねぇ」
「・・・ならいい」
ドルネロの言葉を聞き届けると、直人は今度こそ躊躇いなくドアを開け足早に部屋を出て
いった。
「ま、待って直人!待ってよ!」
置いていかれる格好になった竜也は慌ててその後をついていった。
「ねぇ直人。まさか本気?本気でこんな手術するつもりなの!?」
シオンが留置されている場所に赴く道程で、竜也は何度もそう言って直人に取りすがった
が、直人は表情一つ変えず頑なに竜也に答えようとはしなかった。

薄暗い拘置所の牢の一室に直人と竜也は案内された。
鉄格子の向こうでシオンは片隅で膝を抱えるように蹲っていた。
鍵が開けられ、牢の中へと足を進め、直人はシオンを見下ろしながら抑揚のない声で静か
に宣告した。
「お前の体はこれからドルネロの息子、ギエンの為に提供される。さあ、腕を出せ・・・」
シオンの傍らに跪き、医療鞄から麻酔薬のアンプルと注射器を取り出そうとした直人の腕
を竜也が掴んだ。
「何の真似だ」
眉を寄せて声を低くする直人に構わず竜也は必死に言い募った。
「直人・・・やっぱりこんなのダメだ。こんなの間違ってる!可哀相だよこんな・・・っ!!
それにこんなこと直人のためにも絶対にならない!直人・・・こんな手術やっちゃダメ
だ!!」
直人はそんな竜也の手を力任せに振り払った。
そしてその勢いのまま竜也の胸倉を掴んで引き寄せ、至近距離で真っ直ぐに目を合わせて
言った。
「浅見・・・。俺はボランティアをしてるわけでもなけりゃ、まして正義の味方でもない。
これが俺の仕事だ。身を置いている世界だ。最初に言ったはずだぞ。こんな俺を見たくな
いというならとっとと荷物をまとめて家に帰れ!!」
語尾を荒げてそう怒鳴りつけ、直人は竜也を突き飛ばした。
よろめいた竜也の体は鉄格子に強か打ち付けられ、ガシャンと金属音が響いた。
拘置所の狭い廊下に反響するその音と直人の言葉が耳に木霊して、竜也は唇を噛んで涙を
浮かべた。
「直人・・・く・・っ!」
震える声で一言直人の名を呼んで、竜也はその場から飛び出していった。
バタバタと走り去っていく足音が遠ざかるのを聞きながら直人は改めてシオンに向き直っ
た。
「・・・あなたはお医者様なんですよね」
それまで一言も喋ることなく身動ぎもしなかったシオンが恐る恐るといった様子で顔を上
げ、直人を見つめてぽつりと呟いた。
「ああそうだ」
直人がそう返すとシオンは儚げに微笑んだ。
「服も何もかも真っ黒だから・・・死神かと思いました」
「・・・・・・」
皮肉とも取れるその言葉には直人は何も言い返さなかった。
シオンはか細い声でなおも続けた。
「お医者様は命を救ってくれるものじゃないんですか?」
「救うさ。ドルネロの息子の命を。お前の体を使ってな」
「僕の命は奪うんですか・・・?」
「・・・運が悪かったと思って諦めるんだな」
「僕には親はいませんけど、姉さんがいるんです。ずっと二人で助け合って一生懸命生き
てきたのに・・・。姉さん、泣いてました。さっきの人・・・あの人も泣いてましたね。
あなたにも・・・あなたにだってあんな風に心配してくれる人がいるのに・・・!それな
のにあなたは・・・っ」
「余計なお喋りはもういい。さっさと腕を出せ・・・」
次第に感情が昂ぶったのかしゃくり上げ始めたシオンを直人はぴしゃりと制し、強引にそ
の腕を取り袖を捲り上げた。
「う・・・っ」
肌に針が突き立てられる感触にシオンは小さく呻き、次第に霞む意識に涙をこぼした。
完全に意識が途切れたのを確認し、直人は指先でシオンの濡れた目元をそっと優しく拭っ
た。





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またまた随分ご無沙汰で申し訳ありません!
シオン&ユウリに姉弟として登場して頂きました〜。
本当はシオンが警察に捕まるシーンとか
裁判のシーンとかもちゃんと書いたり
ユウリだけじゃなくアヤセやドモンも兄弟にしちゃって
皆で修理屋やってるっていうことにしたりして
オールスターキャストといきたかったんですけどね。
せっかくのパラレルだし。(何が「せっかく」なのか・・・)
でもあまりにも端役だしちょっと無駄に長くなるので
都合上カットしてしまいました。ごめんあそばせ。
その辺はまた別の機会にでもv(ええ!?)
え〜モタモタしてた連載も次回でいよいよ完結(予定)です〜。


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