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<4> その後五時間にも及ぶ大手術の末、ギエンの手術は無事終了した。 執刀に当たったのは直人ただ一人。 勿論病院側から補助の申し入れはあったが、直人はそれを「邪魔だ」の一言で退けた。 ほとんど死人を生き返らせるに等しい難手術をたった一人でこなした直人の天才的な技術 を前に、退出させられた医師達が「信じられない・・・まさに神の手だ」「神というより悪 魔だ」などと口々に囁き合う中、二ヶ月もすれば包帯が取れるだろうとの直人の説明にド ルネロは心底満足そうに笑った。 その様子を、竜也は一人沈痛な面持ちで遠巻きに見つめたのだった。 そして二ヵ月後。 いよいよギエンの包帯を取る日がやってきた。 全身を覆っていた包帯をゆっくり丁寧に外していき最後に顔の包帯を取り去ると、そこに は事故前と全く変わらない、傷ひとつないギエンの顔があった。 「おおギエン!やったぞ、お前は生き返ったんだ!!」 それを見てドルネロは手放しに喜んだ。 「すっかり完全なはずだぜ?」 直人がそう言うと、ドルネロはおもむろに直人の手を握り興奮した口調で捲くし立てた。 「ああ確かに!あんた確かに名医だ、礼を言うぜ!!」 直人は口元を皮肉気に歪めて肩をすくめ、その手を振り払い襟元を正した。 「なら、俺の仕事はこれで済んだな?じゃあ金はホテルへ届けてもらおうか・・・あばよ」 それだけ言うと直人は長居は無用とばかりに早々に病室を後にした。 「俺が分かるかギエン!?」 ドルネロがそう尋ねると、ギエンは声もなくこっくりと頷いた。 その様子にドルネロは嬉々として何度も「そうかそうか」と首を立てに振った。 「よかったなギエンよ。命さえありゃあこれから何だってできるってもんだ。まぁしばら くはゆっくり養生するんだな」 この時。 ドルネロが上機嫌にそう声を掛けている間、ギエンが心ここに在らずといった瞳でずっと 窓の外を見つめていことにドルネロは気付いていなかった。 数日後、ギエンのボディガード兼見張りとして病室につけていた男の一人が慌てふためい てドルネロの自室に飛び込んできた。 「ド、ド、ドン・ドルネロ!大変です!ギエン様が消えました!!」 「何ぃっ!?」 思いもかけない事態に流石のドルネロも色を無くして飛び上がった。 「消えただと!?一体どうしたってんだ!」 「それがその・・・少し目を離した隙に病室を抜け出されたようで・・・。げ、現在行方 不明なんで・・・」 「ぬぬぬ・・・こ、この役立たずどもが・・・っ!!ええい、すぐに見つけ出せ!!警察 に責任もって見つけ出せと言えーっ!!」 「はっはいぃっ!!」 「くっそおあのドラ息子め!治った途端にこれだーっ!!」 広大なドルネロ邸にドルネロの怒号が響き渡っていた頃、とあるオープンカフェの一席に 座る直人の姿があった。 同じテーブルに竜也も同席するそこは日本ではなく、二人はあれから未だ帰国することな くこの国に留まっていた。 「・・・・・・」 直人は広げた新聞越しに向かいに座る竜也を伺い見た。 竜也は運ばれたコーヒーに口をつけようとせず、ただ唇を引き結んで目を伏せていた。 竜也はあれから直人とろくに口をきいていなかった。 日頃は闊達によく喋る竜也だったが、直人の側から離れることこそしないものの一切話し 掛けてくることは無く、それはギエンの手術を行ったことに対する竜也の精一杯の抗議に 他ならなかった。 それと承知で今まで敢えて黙っていた直人だったが、頑なな竜也のその態度にとうとう溜 息をつき新聞をたたんだ。 「おい」 「・・・」 「一体いつまでそうしてるつもりだ」 「・・・」 「目の前でダンマリ決め込まれるのもいい加減疲れるんだがな」 「・・・」 「浅見」 「・・・」 「やれやれ・・・これから手伝ってもらいたいことがあるってのに。これじゃ頼めねぇな」 大仰にもう一度溜息をつきながらそう言った直人の言葉に竜也はやっと顔を上げ直人を見 た。 「手伝う・・・?何を・・・?」 訝しげに小首を傾げる竜也に直人は意味ありげに目を細め、道路向かいの街並に視線を移 した。 「・・・どうやら来たようだ」 「え?」 その視線の先を追いかけると、とある店の軒先に目深に帽子を被りキョロキョロと辺りを 窺う一人の青年の姿があった。 「あれは・・・?」 竜也が呟くと同時に、青年はその店の扉を開け中に入っていった。 店内では一人の女性が忙しく作業をしていた。 「誰・・・?」 そんな中、突然現れた来訪者に女性は作業の手を止めた。 「・・・ユウリ姉さん・・・」 「え・・・?」 青年は女性をそう呼んで帽子を脱いだ。 「あ、あなた・・・!!」 帽子の下から現れた顔にユウリは驚愕した。 「ギエン・・・っ!」 それは何の罪もない彼女の弟の命を理不尽に奪った憎んでも憎み足りない人間の顔だった。 ユウリの顔が怒りと悲しみに歪む。 それを見て『ギエン』は慌てて言い募った。 「違うんです!ユウリ姉さん・・・僕シオンです。僕、帰って来たんです!」 そう言いながら近づこうとする『ギエン』からユウリは身構えながら後退った。 「ふざけないで!シオンは・・・私の弟はあんたの為に・・・っ!!」 「そうじゃないんです。姉さんお願いです。話を・・・」 「触らないで!!」 逃げるユウリに『ギエン』は手を伸ばしたが、ユウリはその手をぴしゃりと叩き落した。 「姉さん・・・」 ユウリの憎悪の眼差しを受け、拒絶された手をもう片方の手で包み込みながら『ギエン』 は悲しそうに項垂れた。 その視界にあるモノを見つけ、『ギエン』は目を輝かせてそれを手に取った。 それは修理屋として働いていたシオンの愛用のドライバーだった。 「ちょ・・・っ」 「待ってください!信じられないならこれを見てください。ユウリ姉さんなら・・・分かってくれ るはずです!!」 「・・・?」 眉を寄せるユウリの前で、『ギエン』はシオンのドライバーを巧みに使い、ユウリが修理中 だった機材を瞬く間に直してみせた。 その一部始終をつぶさに見つめ、ユウリは信じられない思いで呆然と呟いた。 「その手つき・・・そのドライバーの使い方は・・・。シオン・・・本当にシオンなの!?」 ユウリの言葉に『ギエンの顔をしたシオン』はニッコリと微笑んだ。 「分かってくれましたか?」 「シオン・・・!」 ユウリは感極まった様子でシオンを抱き締めた。 「ユウリ姉さん・・・ギエンは死んでいたんです。あのお医者様は僕の顔をギエンそっく りに整形手術しただけだったんです。ギエンの為に僕が死ぬのはおかしいって言ってくれ たんです!」 「夢じゃないのね・・・シオン!」 再会を喜び合いしっかりと抱き合う姉弟の姿を、竜也は戸口に立ち尽くし口をぽかんと開 けたまま目を丸くして見つめた。 「な、直人・・・これって・・・」 ようやくの思いで隣に立つ直人に声を掛けると、それに気付いたシオンがぱっと振り返った。 「あ!直人さん!」 「さて、感動の再会はそれぐらいでいいだろう。そうそうのんびりもしてられないからな・・・ 最後の仕上げには入らせてもらうぜ?」 そう言って会釈もなく中へと進みさっさと医療鞄を開く直人に、シオンは「はい」と大き く頷いた。 「最後の仕上げ・・・って?」 状況を飲み込みきれず不安そうに問うユウリにシオンが説明した。 「僕の顔をまた変えるんです。ドルネロがギエンの顔をした僕を必死に探してるから・・・」 それを受けて直人はさらに言った。 「そうだ。お前はギエンでもお前自身でもない顔になる。そしてお前達姉弟はこの金で外 国に渡るんだ。ドルネロの手の届かないどこか遠くへな」 言いながら、ドルネロから手術代としてホテルへと送られてきた現金30億の入ったアタ ッシュケースを全て、惜しげもなく二人に差し出した。 「直人・・・」 そんな直人を見て竜也は安堵に涙ぐみ、震える声でその名を呼んだ。 直人は竜也を振り返り、微笑んで手を差し出した。 「さあ手術を始めるぞ。・・・手伝ってくれるか?浅見」 「もちろん!!」 直人のその言葉に竜也は満面の笑顔で答えた。 その後再度の整形手術もつつがなく終了し、見知らぬ土地へと渡る姉弟を乗せた飛行機を 直人と竜也は空港の送迎デッキから見送った。 機体が空の彼方へと消えるのを見届け、直人はそこを後にすべく踵を返したが、なぜか竜 也はフェンスに張り付いたまま動こうとせず、直人は足を止めた。 「どうした浅見?俺たちも帰るぞ」 「・・・・・・」 背を向けたまま答えない竜也に直人は溜息をつき肩を落とした。 「お前まだ怒ってるのか」 「だって直人・・・俺のこと騙してたんだよね」 「挿げ替えのことか?あれはしょうがないだろうが」 悪びれる素振りさえない直人に竜也は眉を吊り上げて勢いよく振り返り叫んだ。 「俺はそんっなに信用できないわけ!?」 「敵を欺くにはまず味方から。兵法の基本だろ」 「そういう問題じゃないよっ!大体直人はいつもいつも〜・・・っ!!」 どうしても気がおさまらないらしい竜也は癇癪を起こしたように地団太を踏み、直人はそ んな竜也につと歩み寄ると有無を言わさず力強く抱き寄せた。 「うるさい。黙れ」 耳元に低くそう囁いたかと思うと、公衆の面前であるにもかかわらず大胆にも直人は竜也 に口付けた。 「ん!?ん・・・ぅ・・・」 驚いて目を見開いたのも束の間、深く重ねられる唇に竜也はあっさりと大人しく直人の腕 におさまった。 ひとしきりキスを交わして唇を離すと竜也は力が抜けたように直人に縋りつき、目元を赤 く染めながらうっとりと蕩けた瞳で直人を見つめた。 先程まで悔しそうに喚いていたのが嘘のようなその表情に直人はおかしそうに笑って、竜 也の濡れた半開きの唇を親指でなぞった。 「・・・これで機嫌治せ」 ニヤニヤと笑いながら直人がそう言った途端竜也ははっと我に返り、ほの赤く染まってい た顔を今度は真っ赤に紅潮させて直人の腕を振り解いて怒鳴った。 「バ・・・ッバカ!バカバカバカ!直人の大バカ!!こ、こんなことで誤魔化されてなん かやらないんだから・・・っ。俺もう一人で先に帰る!!」 言うだけ言うと竜也は直人の脇をすり抜けそのまま大股で歩き出した。 肩を怒らせてひたすら真っ直ぐずんずん歩いていく後ろ姿に直人は苦笑する。 「やれやれ・・・。そっちは反対だぞ。ったく、世話の焼ける奴だ」 肩をすくめてそうぼやきつつ、直人は竜也の後を追ってその足を踏み出した。 |
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やっと・・・!やっと完結でございます!!
軽〜い気持ちで始めたこの連載・・・
完結まで一年以上もかかってしまうとは・・・っ!
でもとにかくちゃんと終わらせることが出来てよかったです。
先が読めてた方もそうでない方も
ここまでお付下さいまして誠にありがとうございました!