|
「あの・・・私・・・滝沢さんにお会いできたらぜひお渡ししようと思ってたものがあって・・・」
幾分緊張がほぐれたのか、少女はおもむろに直人に紙袋を差し出した。
実体の無い幽霊がどこに持っていたのかとか、何故それに触れることが出来るのかという
ような瑣末なことはこの際置いといて。
受け取った直人は中身を見て絶句した。
「マ、マフラー・・・」
きれいに編み目の揃えられた一目で手編みと分かる長いマフラーを手に直人は凝固する。
「この暑いのに・・・」
直人の心中を察して誰とも無く呟く。
それにユウリは溜息をこぼした。
「仕方ないわね。彼女の命日はクリスマスだもの。彼女の時はそこで止まってるのよ」
そして直人はマフラーを見据えて思案に暮れた。
『ありがとう』と一言礼を言ってさりげなく紙袋に戻してしまえばよかったのだろう。
しかし直人は見てしまった。
控えめながらも期待に溢れた少女の眼差しを。
それを見た瞬間直人は意を決した。
「あ、ありがとう・・・」
そう言ってマフラーを首にまわす。
直人のその行為にギャラリーはどよめいた。
「やるじゃねぇか、見直したぜ滝沢!!」
「なかなかがんばるじゃないか」
「直人さんカッコいいです〜vvv」
「だ、大丈夫かな・・・」
太陽はぎらぎらと真上から照りつけてその存在を誇示し、立っているだけでとめどなく汗が
流れる真夏の日中である。
肩から首にまとわりつく想像をはるかに越える熱気に直人は早くも自分の行為の浅はかさ
を呪った。
しかし少女は感激したようで、夢見るような口調で言った。
「嬉しい・・・。夢じゃないんですね。私・・・体が弱くてほとんど病院から出られなか
ったから・・・あなたに手渡すことなんて諦めてたんです。いつも・・・渡した時のこと
想像して楽しむだけで・・・。まさか目の前で着けて頂けるなんて・・・編んでてよかっ
た・・・」
幸せをかみしめる少女を前に、本心とは裏腹に今さら外しにくくなってしまった直人だった。
そんな直人に、神は何処までも残酷だった。
「あの・・・ついでだからもう一つ・・・。実はセーターも・・・」
無邪気ゆえに無慈悲な少女の言葉に、頭よりも先に体が反応していた。
脱兎の如く駆け出した直人をまたしても男四人が力ずくで押さえ込む。
「何しやがる!!」
「乗りかかった船だ。着てやれ、手編みのセーター」
「人事だと思ってな〜・・・貴様ら俺に我慢大会までさせる気か!?」
「直人・・・一日だけの辛抱だよ。幽霊の夢壊しちゃ可哀相だろ!?」
「あ〜さ〜みぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!!(怒)」
「あ、あの・・・」
おしくらまんじゅうの様に揉み合いながら言い合っていたところに、少女がおずおずと声
を掛けてきて、全員少女を振り向いて動きを止めた。
「これは・・・無理に着て頂かなくても・・・。その・・・編みかけだから・・・」
苦笑しながらそう言って少女が取り出したセーターには右袖がなかった。
「どうして・・・」
完成させなかったのかというユウリの疑問に、少女は少し悲しそうな困ったような表情を
浮かべて応えた。
「途中で・・・死んじゃったから・・・」
セミの声が遠のいてどこからか鐘の音が聞こえたような気がして、しんみりとした沈黙に
その場が包まれた。
直人に・・・選択権は無かった。
街中を行き交う人々は皆好奇の目で彼らを振り返った。
それはそうだろう。
真夏の最中にただでさえ並外れて背の高い目立つ男がマフラーにセーターを着込んで、長
袖のガウンを着た少女と並んで歩いているのを見ておかしく思わないほうが嘘である。
ついでにその後ろには集団で後をつけている五人組もいたりして。
「ごめんなさい・・・。着て頂けるなら最後までちゃんと編めばよかった」
「いえ・・・そのお気持ちだけで結構です・・・」
暑さで既に意識が朦朧としている直人には、人々の好奇の視線など気にする余裕は無かった。
一刻も早くこの苦役から逃れるべく足早やに歩く。
「では・・・。映画見て、遊園地で遊んで、軽く食事して終わりってことで・・・いいですね」
そのプランは少女の希望であった。
確認する直人に少女はにっこりと微笑んで頷いた。
「はい!」
ところが。
映画を見て。
遊園地で遊んで。
軽く食事をして。
それでも少女が成仏することはなく。
日が傾いていく中さらに遊園地で遊んで、ついに日も暮れ閉園も真近という頃になっても、
少女は一向に成仏する気配を見せなかった。
「いつ・・・成仏するの?」
はしゃぐ少女に汗だくで付いて回る直人を見つめながら竜也は不安げに呟いた。
「だよなぁ・・・。デートするのが未練だったんならもう十分なんじゃねぇの?」
「いくらなんでも・・・直人さんもそろそろ限界ですよね」
「何か決定的に足りないことでもあるんじゃないのか?」
「そうね・・・。日記に何か書いてないかしら・・・?」
さすがに不安になってきた五人はもう一度少女の日記を紐解いた。
12月25日
今日はクリスマス。
夢を見た。
真っ白い雪の中・・・あの方が私の編んだセーターを着て・・・二人で腕を組んで歩く夢・・・。
これが現実だったら・・・私・・・もう何も思い残すことはない・・・。
最後のページを読み、ユウリは溜息とともに日記を閉じた。
「真っ白い雪・・・これねきっと」
「は?ちょっと待ってよまさか・・・!」
ユウリの呟きに竜也は青褪める。
「雪が降るまで待つしかねぇってことか〜」
「だな」
呑気に言い放つアヤセとドモンに竜也は目を吊り上げて怒鳴った。
「何言ってるんだよ!!みんな今の季節分かってるだろ!?夏だよ真夏!!雪なんて降る
わけないじゃないか!!」
そう叫んで思わず走り出そうとした竜也をシオンが引き止めた。
「ちょ・・・っ、待って下さい竜也さん!落ち着いて!」
「離せよシオン!このままじゃ直人が・・・っ」
「安心してください。こんなこともあろうかと僕、人工降雪機を作ってきましたv」
「は・・・はああ!?」
あまりにも突飛な発言にへたり込む竜也にニッコリと笑いかけ、早速シオンはセッティン
グに取り掛かった。
「お前・・・なんだってこんなモン・・・」
「ですから!『こんなこともあろうかと思って』ですよv」
「ド○えもんかお前は・・・」
「究極にご都合主義な展開だけれどまあいいわ。それよりシオン。ほんとに大丈夫なの?」
「任せてください。小型だし急ごしらえですからパワーと持久力はないですけど、雰囲気
作りには十分なはずですよ」
皆が呆れるやら感心するやら戸惑いながら見守る中、準備が出来たそれのスイッチをシオ
ンが入れると、低い稼動音と共にそれから勢いよく白く冷たい結晶が吹き出した。
「ね。次はね・・・次は・・・」
楽しそうに前を走る少女の輪郭さえぼやけ始め、体力、精神力共に己の限界を感じていた
直人の頬に不意に冷たい感触が触れて消える。
最初は雨でも降ってきたのかと思った直人だったが、視界に舞う白い粒を認識して、それ
が雨ではなく雪なのだと知る。
直人はそんな自分を笑った。
(は・・・この真夏に雪だと?とうとうイカレちまったか・・・)
ぼんやりとそう思っていた直人の周囲でいくつもの驚きの声があがった。
「えぇ!?雪!?」
「うっそー!今夏よー!?」
その声に直人は我に返った。
直人は信じられないことに現実に目の前で舞っている雪の粒にしばし呆然としていたが、
意識が飛んでいた間に少女を見失ったことに気がつき慌てて周囲を見渡した。
少女はすぐ側にいた。
両手を広げて手の平に雪を受け止めながら空を見上げていた。
「わぁ・・・真っ白・・・」
陶然と少女は呟く。
「私・・・雪なんて病院の窓からしか見たことなかった・・・。空から舞い降りてくる雪
って・・・すごくキレイ・・・」
うっとりとした目をして無邪気に喜ぶ少女の姿に直人は目を細める。
「ね・・・キレイ・・・」
振り向いて、自分に向かってそう囁く少女に直人は微笑んだ。
それは無意識だったが、あの日少女が病室の窓から見た、風船を飛ばして泣いていた小さ
な女の子に向けられたものと同じ、少女の心に深く刻まれた優しい笑顔だった。
「あの・・・腕・・・組んでもいいですか・・・?」
頬を赤らめて俯いて、小さくそう言った少女に直人は無言で左腕を差し出した。
少女はゆっくりとそこに腕を絡ませ、直人の腕に頬を寄せる。
実体のない幽霊のはずなのにぬくもりが伝わってくるような気がして、ちらと少女を見た
直人はその瞬間息を飲んだ。
「アサ・・・!」
名前を呼ぼうとした声が途中で止まる。
少女は目を閉じ、とても満ち足りた表情で幸せそうに微笑んでいた。
目尻には涙さえ浮かべて。
そして、その輪郭はゆっくりと雪に溶けて・・・。
その姿が完全に消失するまで直人は自分の左腕を見つめていた。
「アサミ・・・」
名前を呟くと、不意に耳元に“アリガトウ”という声が聞こえた気がして直人は空をあおぐ。
もうそこに雪はなく、ただ夏の星座を散りばめた夜空が広がるだけだった。
「・・・ご苦労様」
立ち尽くす直人に竜也が控えめに声を掛ける。
その声に直人はゆっくりと振り向いた。
「浅見・・・」
「びっくりしたでしょ。今のはね、シオンのお手製の演出。彼女の最後の望みは、雪の中
で自分の編んだセーターを着た直人と腕を組んで歩くことだったんだ。今夏だろ?どうし
ようかと俺焦ったんだけど、うまくいってよかった」
「・・・つくづく非常識な奴らだな。言っとくがこんなことは二度とごめんだからな」
仏頂面でそう言って、直人は汗まみれになったセーターとマフラーを外して竜也に投げた。
「うん。ありがとう。これ・・・持って帰ってもいいんだよ?」
「バカ言え遺品だろ。それに・・・俺には元々受け取る資格はない」
「そんなこと・・・。彼女きっと幸せだったと思うよ。だって直人・・・優しかったもんね」
微笑む竜也に直人は目線を逸らしながらぼやいた。
「・・・不興を買って取り憑かれたらかなわないからな・・・」
それが照れ隠しであることは一目瞭然で、横を向いた直人の耳は僅かに朱を帯びていて。
そんな直人を見て、竜也は胸が疼いた。
嬉しいような寂しいような・・・何ともいえない甘酸っぱいような感情。
「俺も・・・幽霊になろうかな」
それはそんな思いから出た言葉だった。
驚いたように目を丸くして自分を見つめる直人を竜也は一瞬真顔で見つめ返して、すぐにわ
ざとおどけてみせた。
「なんてね♪冗談だよ」
「当り前だバカ」
誤魔化すように笑う竜也に、直人は付け加えるように小さく呟いた。
「お前に消えられるのなんざ・・・ごめんだ」
「え・・・?」
それはあまりに小さくて竜也は聞き取れなかった。
聞き返そうとしたその時。
「竜也ーっ、帰るわよーっ!」
「置いてっちまうぞーっ!!」
仲間の呼ぶ声が聞こえ、竜也は直人の言葉をもう一度聞くことは出来なかった。
「今行くーっ!・・・っと、直人も行く?送ろうか?」
「結構だ」
「うん・・・じゃあ、今日は本当にありがとう。またね直人」
「ああ・・・またな浅見」
そう言ってそれぞれに二人は歩き出す。
それを見守るように、真夏の夜空からひとひら本物の雪が舞っていたのを誰も知ることは
なかった。
|