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「これは一体どういうことだ?」
夏真っ盛りのとある暑い日。
CGC隊員、滝沢直人は非番だった。
狙いすましたような竜也からの呼び出しに渋々出向いてみれば、そこには竜也だけではな
くTRのメンバー全員が待ち構えていて直人は眉を顰めた。
「あ、あのね直人、実はその・・・」
露骨に顔をしかめる直人をなだめるように事情を説明しようとした竜也を制して、かわり
にTRの実質的リーダーであるユウリが口を開く。
「ご苦労様竜也。滝沢、突然で悪いんだけど今日はあなたに協力してもらいたいことがあ
るの」
「協力?」
さらに眉間に皺を寄せ、不審も露わに低い声で威嚇する直人を無視してユウリは続けた。
「単刀直入に言うわ。デートしてくれないかしら」
一瞬時が止まった。
じりじりと照りつける太陽に汗が滲み、顎の先を伝っては落ちるが拭おうとする手が動か
ない。
耳障りなセミの声がやけに大きく響いて思考力を奪っていく。
「・・・それだけ男がいてまだ足りないのか?」
しばらくしてようやく口を開いた直人の言葉にユウリは思わず後ろを振り返り、あわてて
訂正した。
「ち、違うわよ!デートの相手は私じゃないわよ!」
そう喚くユウリの後ろでその男共は呟いた。
「ったって今のは・・・なぁ?」
「どう聞いても・・・な」
「絶対正しく伝わらないですよね」
それを耳ざとく聞きとがめたユウリがじろりと睨むと男共はあたふたと視線をそらす。
「はっ。いつからデートの斡旋なんぞするようになったか知らんがな。それならなおさら
それだけ男が揃ってるんだ。何でわざわざ俺がそんな真似しなきゃならない?」
直人はその様子を鼻で笑って大げさに肩をすくめ、もう用はないとばかりに踵を返した。
「ま、待って直人!!」
その直人の行く手を塞ぐように両手を広げて立ちふさがった竜也を直人は不快気に睨みつ
けた。
半ば騙すような形で強引に連れ出した負い目もあり、その鋭い眼光に一瞬身を竦ませるが
竜也は負けじと言い募った。
「ダメなんだ。直人じゃなきゃダメなんだよ。とにかくあの・・・これ読んで!」
そう言って竜也が差し出したのは一冊の日記帳だった。
しばし竜也の顔とその日記帳を交互に睨み、直人は日記帳を受け取ってページを開いた。
○月×日
今日もまたあの人を見た。
なんて凛々しいお姿なのかしら。厳しい眼差し・・・素敵な方・・・。
お名前はなんと仰るのかしら。
恋人・・・とかいらっしゃるのかしら。
一度でいい・・・お話してみたい・・・。
○月×日
あのお方のお名前がわかった。
母が調べてくれたのだ。
滝沢直人さん・・・。
今日も窓からお見かけしてしまった。
女の子が飛ばしてしまって木の枝に絡まっていた風船を取ってあげていたのだ。
優しい笑顔・・・きっととっても真面目で優しい方なんだわ。
どうしよう・・・。
ますます好きになってしまった。
○月×日
最近あの方をお見かけしない。
寂しい・・・。
私がもっと元気なら会いに行くことも出来るのに。
ああでも・・・。
きっともうお付き合いしている方がいるに違いないわ。
素敵な方だもの・・・。
でも・・・でも・・・。
あの方に私の気持ちを知ってほしい。
そうしたら私・・・死んでもいい・・・。
ひと通り目を通して、直人はパタンと日記帳を閉じた。
「で?これが何なんだ」
そんな言葉と共に日記帳を返された竜也は、上目遣いに直人を見つめてゴニョゴニョと呟
いた。
「だから・・・さ。この日記の持ち主の子がお前のこと好きだって言ってて・・・一度で
いいからデートしたいって・・・。だから・・・」
竜也の口から綴られるその言葉とその態度に直人は静かな怒りを募らせた。
そして込み上げる怒りの赴くまま冷ややかに突き放した。
「お前が・・・言うのか」
直人の声音に竜也は弾かれるように顔を上げて、涙目になりながら声を荒げた。
「お、俺だって・・・!俺だってホントはやだよ直人が他の人となんて!!でも・・・で
も・・・仕方ないんだ。だってその子は・・・」
「はいストップ。それ以上の痴話喧嘩はよして頂戴」
大の男二人の聞いているほうが恥ずかしいようなケンカに発展しそうだった空間に素早く
割って入ると、ユウリはさらに畳み掛けた。
「事情はわかってもらえたわよね。竜也には悪いけど今回の件は仕事と割り切ってもらっ
てるわ。お願い滝沢。協力して」
「断る」
ユウリの言葉尻を遮るほどの即答だった。
はっきりと示された断固とした拒絶に周囲が沈黙に包まれる中、ポツリとシオンが呟いた。
「そんな・・・。それじゃああの子成仏できないじゃないですか。そんなの可哀相で・・・」
「ばっ!!シオン!!」
ドモンとアヤセが慌ててその口を塞ぐが時既に遅し。
シオンの呟きははっきり直人の耳に届いていた。
「もう一度言ってみろ・・・」
直人はことさら静かにシオンたちの側まで歩み寄ると、両側から二人掛りで口を塞がれて
いるシオンの胸倉を掴み上げた。
「直人っ!」
「もう一度言ってみろ。あの日記の持ち主が何だって?」
直人に力任せに掴み上げられたせいで口が自由になったシオンは、至近距離にある直人の
凄まじい形相に生唾を飲みながらもおずおずと繰り返した。
「あの、ですから・・・。直人さんがデートしてくれないとあの子・・・アサミさんは成
仏できないんです!!」
「アサ・・・」
いや問題はそこではなく。
成仏できない存在。
それはすなわち。
直人の頭の中を認めたくない考えがぐるぐるぐるぐる廻り、それでも結論は覆らないとい
う事実に辿り着いて、直人は肩を震わせて怒りをたぎらせた。
「ふざけるなよ!!俺は人身御供か!?貴様ら俺をそんな化け物なんぞにあてがうつもり
で・・・っ!?」
怒髪天を突く勢いで怒鳴った直人に男四人は即座に飛びかかり、押さえ込み、その口を塞
いだ。
「ムガッ!・・・きっさまら!!」
「大声で滅多なこと言うな。聞かれたらどうするんだ」
「知るか!」
「それに直人さん。化け物じゃありませんよ。ただの幽霊です」
「同じ様なもんだろうが!」
「いや違うって。アサミちゃんはいい子だぞ〜?彼女はな。病気で学校にも行けずずーっ
と入院したまま短い生涯を終えてしまった薄幸の美少女なんだ。名前もいいだろ。呼び慣
れてるし。きっとお前好みだって」
「貴様に俺の好みをどうこう言われる筋合いはないぞタイムイエロー!ならお前がデート
してやればいいだろう!!」
「だから直人じゃなきゃダメなんだってば。な?仕方ないんだって言ったろ?俺もここは
我慢するから協力してくれよ〜」
「浅見〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!(怒)」
「さ。うまく話がまとまったところで・・・」
「どこがだ!!お前の目と耳は飾りかタイムピンク!!」
「アサミさん、もう出て来ても大丈夫よ。どうぞこちらに」
「おい待て・・・っ!俺は承諾なんぞしてな・・・」
直人が言い終わる前に、ユウリに呼ばれたその少女は木陰から姿を現した。
年の頃は17〜18。
病弱だったというだけあって、華奢で色白で全体的に儚げな印象を纏っていた。
茶色がかった髪をおさげに編んで、大きな目と僅かなそばかすがチャームポイントという
ような美少女だった。
期待感に頬を上気させつつも、小柄な身体をさらに小さくしてもじもじと恥らう様子が内
気で控えめな性格を物語っている。
頭ごなしに拒絶できない少女の雰囲気に思わず直人は声を飲み込む。
滝沢直人。
実は意外と情にもろく、特に小動物や子供のようなか弱い生き物には極めて弱い一面を持
っていた。
がしかし。
それもこれも、夏だというのに着込まれたガウン(死亡時の服装と思われる)の膝から下
が透けていなければの話であった。
「あ・・・の・・・初めまして私・・・あの・・・アサミ・・・といいます・・・」
そう言ったか細い声は僅かに震えていて、緊張が手にとるように分かって余計に哀れを誘
った。
初めて目にする紛うことなき幽霊の姿とその様子に動きを止めて見入る直人に、もう一押
しとばかりに皆それぞれに囁きかけた。
「な?な?可愛いだろ?あんな子が成仏できずにこの世をさ迷ってるなんて可哀相だと思
わねぇか?」
「それにこのまま成仏できずに未練が募ると今度は取り憑かれるかもしれんぞ」
「アサミさんはそんなことしないと思いますけど・・・」
「とにかく直人。今日一日。一回だけでいいから頑張って!」
「そうよ。いい加減覚悟決めなさい」
ユウリの言葉を最後に、五人は座り込んだままいまだ固まっている直人を力づくで立たせ
ると、直人が我に返るより早く、
「そーれ、行って来ーいっ!!」
の掛け声と共に直人の背中を突き飛ばした。
「うわっ!!」
二、三歩よろめいて、何とか態勢を立て直して顔をあげた先にはかの少女。
思わず直人は背筋を伸ばして少女を見下ろした。
顔を上げるのも恥ずかしいのか、俯いたままの少女の頭を見つめながら直人は咳払いをし
て言った。
「あ〜・・・その・・・アサミ・・・さん?」
「は・・・はいっ!」
直人が名前を呼んだ途端、少女はびくっと大きく肩を震わせたかと思うと勢いよく顔を上
げた。
少女の予想外のオーバーリアクションに一瞬たじろいだ直人は、さらに自分に向けられた
真っ直ぐな眼差しにまた声をなくした。
頬は紅潮し、大きな目は訴えかけるように潤み、断じて似てなどいないが名前といいよく
知っているどこかの誰かを彷彿とさせるその様子に、情に流されまいと懸命に踏ん張って
いた直人の理性は白旗を上げた。
直人は覚悟を決めると、一つ深く深呼吸して改めて少女に向き直った。
「初めまして滝沢です。その・・・日記拝見させて頂きました」
「は・・・はい・・・」
「つまるところ俺と一度だけデートできればいいわけですね」
「え?ええ・・・」
「そうすれば成仏して頂けるんですね」
「え・・・あの・・・はい・・・」
「・・・分かりました。今日一日お付き合いさせて頂きます」
「ほ、本当・・・ですか?」
「ええ」
「あ・・・ありがとうございます・・・!」
そのやり取りを遠巻きに聞いてドモンは不満気に呟いた。
「おい何だよあの言い方。もうちょっと嬉しそうに優しくできねぇのかよ」
「そこなんだけどさ・・・なあユウリ、本当にいいのか?」
「何が?」
ドモンの言葉を受けて竜也はぱらぱらと日記をめくりながら言った。
「彼女の直人に対する印象が間違ってるとは言わないけどさ。直人って素直じゃないし照
れ屋だし・・・必ずしも彼女が思い描いてる通りにはいかないと思うんだよ。もしもがっ
かりさせるようなことになったら・・・」
「そうなったらそうなったでいいのよ」
竜也の懸念をぴしゃりと打ち消すユウリにさらにアヤセが続ける。
「要は幽霊のこの世への未練を断ち切ることが大事なんだ。デートが成功するも良し。滝
沢に減滅したならしたでまた未練はなくなるってことだな」
「でもできれば気持ちよく成仏させてあげたいですよね・・・頑張ってください直人さん!」
シオンの言葉に一同こっくりと大きく頷いた。
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