「聖夜」 |
「そういえば30世紀って、クリスマスあんの?」 まあ当然の疑問だな。竜也とシオンがツリーを買って来た時も、誰も訝しむ様子が無かった辺り、俺達はこっちの生活に馴染み過ぎたらしい。 「そういう風習はもうないな」 「あ、やっぱり」 大して残念そうな風もなく呟くと、竜也はすっかりしな垂れてしまったポテトをまた口に咥えた。 聞けば、聖なる夜を心から祝福し、家族との絆を深めるというのが、本来の意義の一つらしいのだが。 とは言え、あんなに盛り上がっていたパーティーも、やはり考えてる事がバラバラな集まりな訳で。 夜半を過ぎると、各々の行動を取り始めた。 「じゃ、俺ホナミちゃん送ってくから」 そう言って大分前に出て行ったドモンだが、まあ今日は帰って来る事はないだろう。 「二人とも元気だね」 いつもはシオンの指定席である椅子に反対向きに跨ったまま、竜也が窓から見下ろした先では、当の本人がまだ雪と戯れているらしい。 ソファーから腰を上げて俺も覗き込むと、姿が見えないとは思っていたが、いつの間にかユウリまで加わっていた。二人して、それぞれ何やら雪の上で転がしながら丸めているようだ。 シオンのはしゃぎ振りは解るが、いつもなら仕事重視で早く寝ろと煩いユウリの、すっかり時間も忘れているだろうそのご満悦な笑みに、俺は少しばかり驚いた。 「珍しいな」 「あ、雪もないんだ」 ユウリに向けて零れたそれに、的外れな言葉が後に続く。 「天候管理されてるからな」 「味気ねぇ」 「まぁな」 言い直すのも面倒だったから、竜也の勘違いにそのまま乗った。 視界の端で、装飾に彩られたツリーの天辺が一段と眩しい。 「・・・の星、か」 「え?何?」 「いや、何でもない」 手を上げて、竜也の側から離れる。意識下で呟いたつもりだったが、しっかり拾ってやがった。 今日の竜也は、不安感を抑えるように、やけに絡んでくる。 親父さんが生死の境を彷徨ったり、望んでもいない形で浅見に戻る羽目になりかけたり、とまあ色々あったからな。もっとも、今までの事は全て隊長の手の平で踊らされていたらしい事実は、俺達にとっても衝撃だったが、ご丁寧に大消滅なんていう不吉な予言を置き土産にして、さっさと帰っちまうし。 事務所の扉のノブに手を掛ければ、案の定、追ってきた視線がうろたえる。 「どこ行くの?」 「散歩」 「この寒いのに?」 「じじくせぇ」 鼻で笑いながら扉をくぐると、竜也が慌てたように動き回る気配を感じた。 さっきまで降っていた雪は止み、外はすっかり白の景色に染まっている。 少し肌寒いが、酔い覚ましには丁度良い。 「もうアヤセぇ。そんな薄着じゃ駄目だってばぁっ!」 階段を下りた所で、喚きながら竜也が追いかけてきた。 「滑るぞ」 「のわっ!?」 言ってるそばからバランスを崩しかけて、辛うじて受け止める。 頼むから俺の寿命を縮めてくれるな。 そんな心中を知ってか知らずか、何事も無かったかのように、竜也は手にしていたジャンパーを俺に羽織らせて満足気に微笑む。 「あ、竜也さんアヤセさん見てくださ〜い!」 俺達に気付いたシオンの呼び声に、子犬のように飛びつく竜也の向こうにある物体は何なのか。 「お、雪ダルマか。凄いなぁ」 ・・にしちゃ巨大だな。シオンの背丈ほどはあるような気がする。 「皆さんの分も作りますね」 楽しそうだから敢えて突っ込みはしないが、間違いなく夜が明けるな。 「出かけるの?」 遠巻きに傍観を決め込んでいると、まだやっていたのか、雪を転がしながらユウリが目の前を横切った。 「ああ。・・・ユウリ」 「なに?」 「楽しそうだな」 「そう?」 からかい半分で呟いてみれば、本当に怖すぎるほどの満面の笑みで、また俺の前を往復して行った。 いつものお前からは想像できないよ。竜也は竜也で、シオンと盛り上がってるようだし。 こうして見ていると、ずっと昔から皆一緒にいたような気さえしてくる。 目まぐるしい時の流れの中で、それは確かな変化だった。 境遇も背負っているものさえ違う俺達が、すれ違ったり時には衝突しながら、これまでよくやって来れたと思う。今ではまるで本当の家族のように、その温もりや絆を今日という日に一番感じているのは、シオンとユウリなのかもしれない。そして、その中心には竜也という存在があったのを、肝心の本人が知る由もなく。多分これから先も気付く事は無いだろう。 何だかこの空間が俺には勿体無くてむず痒くて、壊さないようにそっと後にした。 いつもより澄んでいる空気が、肺に心地良い。 こっちに来てからというもの、色んな季節の移り変わりを目にしたが、雪を実際に見るのは勿論初めてで。冷たさとか柔らかさとか、そんな何でもない事が嬉しくて、ドモンのヤツには絶対に見せられないが、込み上げてくるものが止まらない。 歩きながら手に取った雪の感触を楽しんでいると、遠くから何やら声が背中にぶつかった。 早々と気付いた子犬が、喚きながら駆けてくる。まあ、撒けるとは思ってはいなかったが。 「待ってよ〜アヤセぇ!アヤセってばぁ!」 恥ずかしいから人の名前を連呼するな。 「雪ダルマは良いのか?」 「俺も散歩したい気分なの」 余計な事を考えないように外に誘い出したはいいが、てっきりシオン達の方へ行くかと思えば、やはりくっ付いて来たか。 側に来るなり押し付けるように手渡された缶珈琲の温もりに負けて、沈黙してしまった俺の反応を是と取ったのか、竜也は並んで歩き始めた。 「楽しかったね」 「そうだな」 街から外れている所為か、いつもより盛大な筈のネオンの光も、ここまで届いては来ない。 いつもと同じ夜の静寂の中を、踏みしめる雪の音と、白い吐息が舞い上がる。 「親父さん・・・良かったな」 「・・・うん」 短い会話をぽつりぽつり交わしながら、黙々と俺達は歩いた。 「あ・・・」 突然、公園前で竜也が立ち止まる。 その視線の先に見覚えのある姿を認めて、必然とその方向へ歩き始めた後を付いていく。 クリスマスってのは、人によっては不思議な行動を起こすものらしい。 「なぁ〜おと♪」 いつもなら煙たがる筈が、竜也が側に来ても一瞥しただけで。 「飲む?」 同じように差し出された缶珈琲を意外にも素直に滝沢が受け取ると、断りも無く竜也に並んでベンチに腰を下ろす。そしてポケットから出てくる、三本目の缶珈琲。 「お前、いくつ買ったんだ?」 「え?皆の分だけど。あったかいよ。もう一本いる?」 そう言いながら、ひょいひょいと姿を現す、四、五本目。 やけに膨らんでるとは思っていたが、どうやらカイロ代わりに無理やり詰め込んでいたらしい。 「「じじくせぇ」」 俺と滝沢の言葉が、何故かハモった。 「何だよ二人ともぉ」 缶を戻しながら剥れる竜也を挟んで、どちらからともなく忍び笑いが零れる。 「でさぁ、こんな寒い中、一人何やってたの?」 相変わらず、打たれ強いなお前。 「別に」 素っ気無い返事は予想するまでも無かったが、その視線はそびえ立つ前方の木を・・・いや正確には、その頭上に位置する、夜空で輝く星を見据えていた。 それはまるで、ツリーの天辺にあった銀色の装飾にも似て。 「柄にも無くセンチだな」 「ふん」 思わず皮肉を口にすれば、面白くなさそうな返事。 堪らず吹き出したら、迫力の欠片もない横目で睨まれた。 何だかんだ言って、竜也の事しか頭に無いってねぇ。 「え〜何?なになに?」 ただ一人解っていない置いてきぼりを食った困惑顔が、俺達の間で忙しない。 居辛くなったのか、唐突に帰り始めた背中に、慌てた竜也の甘えたな滝沢さんコール。 ちゃんと立ち止まって振り返ってやる所が、無愛想なわりに律儀なヤツだとは思うが、何故か一瞬、俺と目が合った訳で。 おっ?お持ち帰りか? 恐らく同じ展開を期待しているのだろう無言の視線が承諾を求めているらしく、俺は肩を竦めて顎で促した。後は竜也がどう出るかだが。 よ〜く考えてみれば、こいつの頭の中も別の事で一杯だったんだよなぁ。 その証拠に、満々で早速行動に移ろうとした滝沢を一瞬にして襲ったのは・・・。 「クリスマスおめでとう」 必殺マジぼけホームラン炸裂。しかも、追加の缶珈琲と極上の笑顔付きで更にダメ押し。 ベンチからずり落ちかけた俺はともかく、滝沢に至っては圧縮冷凍よろしく完全に氷化してしまった。 竜也に悪気は無いだけに、ご愁傷様。 「ふん」 やはり堪え切れなかった俺のニヤケに何とか解凍されると、缶を分捕るなり今度こそ反転。 あ、いじけた。わーい。 哀愁を漂わせながら、闇夜に消えていく背中に合掌。 この期に及んでもまだ竜也は天然を遺憾なく発揮しているようで、滝沢の姿が見えなくなるまで手を振り続けると、 「ねぇ、さっき言ってた事って何?」 詰め寄るように隣に腰掛けた。 あ〜お前の関心は結局そっちか。滝沢、浮かばれねぇ。 好奇心旺盛なヤツだし、かわしても追及はキリがないだろうが、まんまってのも面白くないから。 「ベツレヘムの星って事だよ。俺にとっても、皆にとってもな」 「どういうこと?」 覗き込んでくる竜也に、含み笑いで答える。 かつて、イエス・キリストが生まれた時。 空に輝いて、東方の博士達をキリストの元へ導いたといわれる星。 闇に彷徨っていた俺達を、明日へと導いてくれた光は、今目の前にいる。 この出逢いが、例え隊長の言う歴史に定められていた事だとしても、きっと千年先までも、ずっと変わらず輝いて、俺達を照らし続けるだろう。 何よりお前は、俺にとっては救い主その者だから。 お前のあの一言が、諦めるしかなかった夢への想いを、再び甦らせてくれた。 だから大丈夫。俺は、生きる。 竜也の創る「明日」を、生きて行く。 なぁ〜んて、言葉になんかしてやんねぇよ。 からかうように口元を緩めたまま見つめ返すと、 「アヤセぇ」 困ったような表情で情けない声を出す竜也に、思わず吹き出した。 寒いと思ったら、また雪がちらつき始めている。 「帰るか。いい加減二人を止めないとな」 「出来上がるまでは無理だと思うよ」 「手っ取り早い方法がある」 「え?なになに?」 「アクセルストップ」 「はあ!?私用で使ったら、ユウリに何言われるか」 「ああ・・今なら大丈夫だろ」 「何で?」 「お前ニブ過ぎ」 賑やかに会話を交わしながら、皆が集う場所へと帰っていく。 いつもと同じ夜の静寂の中を、舞い上がる白い吐息と、踏みしめる雪の音を響かせながら。 冷え切った俺の手を、前触れもなく自分のポケットに突っ込んで嬉しそうに笑う竜也に、つられて笑みが零れた。 やがて時が俺達を隔てる日も、そう遠くない未来かもしれない。 だから今はただ、その温もりを離さないように繋いだ手を握りしめて。 神の存在など信じた事は無いが、今日だけは・・・天を仰ぐ。 俺が愛するもの全てに、どうか聖なる祝福があらんことを・・・・。 |
| クリスマスのDLフリー企画のSSを遠慮もなく頂いてまいりましたv いつもながら心洗われる気分です。 TR本編のアノ緊迫した展開の中での ちょっと切なくも暖かいクリスマス・・・。 本当にキャラの捉え方や見せ方が お上手で感服いたします。 個人的に妙に気が合ってる感じの アヤセと直人が好きv 天然な竜也も可愛いです〜vvv ともじゅさま、ありがとうございました〜vvv |