「Precious Day」 |
(1) 「なぁ〜おと♪」 振り向かなくても分かる、甘ったるい声に呼ばれて、その手が一瞬止まった。遠慮なくやってくる気配に、緩みそうになる口元を抑えて作業を続ける。 「真昼間から遊んでて良いのか?」 「今日は俺だけ休み。」 「は、お気楽なもんだな。」 「もぉ、なぁおとぉ。・・・で、何してんの?」 「見りゃ分かるだろ。」 あしらってもめげない竜也の性格にはもう慣れている所為か、直人はぶっきらぼうに答える。 「ふぅ〜ん。」 直人の周りに散乱している部品は、どうやら愛用のバイクのモノらしい。非番の日を利用してオーバーホールに勤しむその手馴れた様子は、瞬時に竜也の興味を引いた。物珍しそうに直人の反対側に回り横向きに腰掛けると、肩越しに振り返る。黙々と続ける手際良さにしばらく見惚れていた竜也だったが、それも数分の事。やがて退屈さを覚えたのか、その眉根が寄り始めた。 「なあ直人。天気も良いし、せっかくだからどっか連れてってよ。」 「あいつらがいるだろ。」 間髪入れずに即答されて、つまらなさそうな表情が満面に広がる。暇を弄ぶように、見つめる足先が開いたり閉じたり忙しない。 「みんな仕事だよ。たまに休み貰っても何するわけじゃないから、留守番くらいするって言ったんだけど、追い出されちゃって。」 「お坊ちゃんの退屈しのぎに付き合う気は無い。」 「ぶ〜ぅ。」 手元から目を逸らさずに、相変わらず直人の返事は素っ気無くて。むくれ顔のまま、竜也はそのまま後ろへ上半身を反り返らせた。思わぬ行動に呆気に取られた直人だったが、逆さまになったお互いの目線が合った途端、眼前で振りまかれる竜也スマイルに、力無く首を振りながら溜息を零す。一瞬にして、竜也の頬が膨らんだ。 流れていく雲を目で追っている内に、まだ不貞腐れたままの竜也がウトウトとしかけた頃。 「さて出掛けるか。」 「えっ?・・う、うわっ!?」 思わぬ直人の一声に眠気が吹っ飛んだ竜也は、バイクの上で仰向けに寝ているのも忘れて体を起こしかけた瞬間、そのままバランスを崩して、地面へ強かに腰を打ってしまった。悶絶する竜也に苦笑しながら、手を差し伸べて地面から引っ張り上げる。 「行くんだろ?」 「良いの!?・・え?でもどうして・・・。」 「気が変わった。たまにはな。」 「やったー!」 よろめいていた体が、さっきまでの痛みは何処へやらで、現金なほどに復活する。 「ほら、先に乗ってろ。」 工具を片付けに行く直人よりも、渡された自分専用のヘルメットに、思わず竜也は首を傾げた。 ・・・あれ?俺が来る事分かってた? 「早く乗れ。」 「え?あ、うん・・。」 いつの間にか戻ってきた直人に顎で促されて、慌てて乗り込む竜也の疑問は、結局そのまま掻き消された。聞き慣れたエンジン音が、いつにも増して心地良い。 「何処へ行きたい?」 「え?う〜ん・・・お金の掛からない所。」 「・・・お前なぁ〜。」 貧苦振りが窺える現実的な一言に、思わず直人は脱力する。 「とりあえず、夕飯の時間までなら何処でも良いよ。遅れると、俺の分まで食われるからさ。」 「さようで・・・。」 今日何度目かの溜息を吐きながら、直人はギアを落とす。 「ま、一応、そういう契約だしな。」 ぼそりと呟いた直人の言葉は、肌を滑り始めた風に流れて、竜也の耳には届かなかった。 「順調?アヤセ。」 呼ばれた本人は、無言のまま振り返る。据わった目を向ける先が他の者なら途端に萎縮するだろうが、相手がユウリなので効果は無い。 「何よ。だから私がやるって・・・。」 腕まくりを始めたユウリに、秒速で飛んできたドモンが押し止める。 「まあまあまあ。お前が作ったら材料が無駄に・・・(あ〜いやいや)、・・・食べ切れないから(違う意味で)。ここはアヤセに任せたんだ。俺達はあっちを早くやっちまおうぜ。な?な?」 何とか引きとめようと必死な様子のドモンに、 「そうですよ。ユウリさんだと、買い溜めの分だけじゃ足りません。」 あっさり、くっきり、にっこりと傷口に塩を塗るシオン。その背後から見え隠れする黒い尻尾が見えているのかいないのか、ユウリの眉根が寄った。 「何だか、引っかかるものがあるんだけど。」 「気のせいですよ♪」 言いくるめられたような気がするものの、背中を押す明るさに促されて、渋々ユウリは事務所へと戻って行く。後に残ったドモンは冷や汗を拭いながら、まな板までも料理しそうな勢いのアヤセへ振り返ると、ぼそり。 「お前、露骨過ぎ。」 「うるさい。」 竜也の事が絡むと、しばしば見られるらしい、普段とは完全に逆転した光景である。 「ま、竜也の為だ。竜也の。」 不機嫌な肩をぽんぽんと叩いて、キッチンを後にする苦笑気味ドモン。去り際の摘み食いがバレて、その頭に鍋の蓋がヒットした。 (2) 「なあ直人。こいつ直人に似てない?」 竜也の頬にぴったりとくっ付いている子犬に、焼き餅を妬くほどの事では無いが。目つきの鋭い者同士、その視線はさっきからぶつかり合うばかりで。不意に、余裕の表情を浮かべたかと思えば、持ち前の愛くるしさを武器に散々竜也の唇を舐め回した後、無言の驚きを浮かべている直人の方へ振り向くなり、その口端がにやっと吊り上がる。そのまま、すまし顔で竜也に頬擦りをしてはご満悦な様子に、焼き餅を妬くほどの事では無いが・・・無いのだが、直人の目が否応無く据わり始めた。 今二人は、とある動物ふれあいパークに来ている。 何故か竜也の周りにだけ子犬達が屯って、それは遊んでやっていると言うよりは、遊ばれていると言った方が適切だろう。竜也の喜ぶ顔は極上の幸せなのだが、じゃれ合いを装っているであろう集団と、一向に離れない直人似らしい子犬に、それを見つめる心境は複雑に揺れるばかり。更に犬ではなく、癒しそのものである竜也に魅了されたからだと、そう直人は思いたいらしい好奇の目がどんどん集まり始めて。 「次行くぞ。」 それまでベンチで悶々としていた直人が、ついに動いた。 「え?え!?」 剥き出しの威圧感そのままに無表情のまま集団を掻き分け詰め寄ると、へばり付く子犬を無理やり引き剥がすなり、たじろぐ竜也の体を反対向きに、それは軽々と肩に担ぎ上げた。 「な、直人!?」 一部の観客から、小さな歓声が零れる。 口を開けたまま状況に付いていけない竜也の困惑を背中に感じながら、交錯する様々な思惑の目へ振り向きざま、今までに無い殺気漂う眼光で一睨み。そのままスタスタと後にしていく。 再び竜也の視界に、先程までの光景が戻ってきた時には・・・・・。 「ご想像にお任せします・・・。」 竜也、後日談である。 「んもぅ〜。大人げ無いですねぇ、直人さん。」 依頼された修理品を直していた筈のシオンからそんな声が聞こえて、掃除中のドモンとユウリは訝しげに顔を見合わせる。 「シオン?誰と喋ってるの?」 恐る恐るユウリが話しかけると、くるっと顔だけ向けるなり、 「秘密です♪」 にっこりとシオン・スペシャルスマイルを浮かべたまま、再び戻っていく。 「やっぱり竜也さんは可愛いですねぇ。作った甲斐がありました。」 何故か尻尾だけでなく、更にその背中にも黒い羽まで見えているような気がして、 「俺、何となく想像できる・・・。」 「私も・・・。」 何やら呟いては忍び笑いを零す背中を見つめながら、深い溜息を吐く面々。 そこへ、昼食を手にキッチンから現れたアヤセは、 「ん?どうしたんだ?」 脱力気味で答える気にもならない二人と、対照的に異様な空気を漂わせているシオンを見比べて、首を傾げた。 (3) 「う〜ん・・・。」 「いい加減に決めろ。」 「だぁってぇ〜迷うんだもぉ〜。」 腕組みをしたまま呆れ顔の直人にも構わず、竜也は手にした手作り煎餅に唸った。 今二人は、とある水族館に来ている。 今度も何故か竜也の所にだけ魚の群れが集まって、本能的に察知した直人によって無理やり引きずられて行く駄々っ子の姿を、あちこちで見ることが出来ただろうが。もちろんここでも、水槽にヒビでも入れそうな勢いの直人の鋭い眼光は、絶好調だったわけで。お陰で満足に見られなかった竜也は、せめて思い出だけでも形に残そうと、お土産売り場で居座ること一時間。 「ねぇ直人。どっちが良いと思う?」 ようやく決めたかと思えば、さっきから同じ問答を繰り返している。変わったのは、手の上に乗っかる物体だけで。最初はイルカとアザラシのどちらのストラップにするか悩んでいた筈が、今度は多種多彩なぬいぐるみの間で目移りしているらしい。その内、魚が泳ぐ水時計だの意味不明なペン立てに摩り替わるのは、時間の問題だろう。 目に見える堂々巡りに、流石に終止符を打ちたい直人は、 「決められないんなら、どっちも買え。」 「えぇ〜。だぁってぇ〜。」 不機嫌全開で言い放つが、そんな苛立ちも何のその。 何を思ったか、竜也は目の前にあったイルカのハンドパペットに手を差し込むなり、 「俺あんまし金無いんだもぉん。」 可愛さの欠片も無いその口が、腰が砕けそうな甘い声に合わせてパクパクと直人に訴えかける。 「あのなぁ・・。」 可愛さの欠片も無いその目が、犯罪とも言える上目遣い攻撃と並んで更に直人に訴えかける。 「・・・はぁ〜。」 もはや怒る気力も湧かない。 「俺が買ってやる。本当は何が良いんだ。」 「え?良いの!?」 直人の一声で、途端に目を輝かせ、パペットが指差した先は・・・。 「『ふんわりやさしい抱き心地で、日々の疲れを癒して下さい』・・・だってさ。」 すっかりご満悦の竜也の陽気振りを背中に感じながら、直人は人が良すぎる自分を呪っていた。 「お前ん家に送っとくぞ。」 「え〜?お持ち帰りじゃないの?」 「あんなデカい物体、持ち回れるか。アホ。」 「もう。照れ屋さん。ねぇ〜♪」 楽しそうにパペットに話し掛けて可愛く首を傾ける竜也と、更に溜息を深くした直人。嬉々としたオーラを余所に、走らせていたペンが暫し沈黙する。やがて思惑を乗せた口端がゆっくりとつり上がっていた事を、竜也は知る由も無かった。 「今日ぐらい仕事請けなくても良かったんじゃねぇのか?」 後ろの扉を閉めながら、ドモンは気だるそうに愚痴を零した。 「仕方無いじゃない。生活苦しいんだから、贅沢言ってらんないわ。」 そう言ったユウリの顔がいつに無く綻んでいて。視線の先でくるくる回っている一輪の花とを見比べながら、思わず出そうになった言葉をドモンは飲み込んだ。 言ったが最期。夕飯抜きなんて可愛いもので、惨劇は目に見えている。 触らぬ神に祟り無し。言わぬが花。念仏のように口の中で言い聞かせながら、後部座席に乗り込む。 「早く戻ろーぜ。せっかくの料理が心配だ。」 「お前じゃあるまいし。」 運転席で配達リストをチェックしていたアヤセは、手元から目を逸らさずに、憂鬱真っ只中のドモンを鼻で笑った。 「知らねぇだろ、あいつの食欲。買い込んでおいた菓子類、み〜んな一晩で食っちまったんだぜ。」 口では勝てないと分かっていながら、それでも食い下がろうとするものの、 「俺は竜也以外興味なし。」 「・・・さよですか。」 容赦なく切り捨てられ、不貞腐れたドモンが縋る先は、間違ってもユウリでは無い筈なのだが。 ゼニットを素手で殴り飛ばす、あの勇ましさは何処へやらで、今日は・・・というより、最近のユウリは、以前と比べて表情が少し変わってきている。指先で弄ぶ花に笑いかける様子から、誰を重ねて見ているのかは容易く想像できる訳で。色恋沙汰に全く縁の無さそうなユウリが、珍しいものでも見るかのようなドモンの視線に気付かないのも、ある意味怖いものがあるが、車内に充満している花の残り香に毒されたか、やはり飲み込み切れていなかったらしい言葉が、ぽろり。 「ユウリも女なんだな。」 今更ながらの発言。そして、命知らずの失言。 三人の間を、奇妙な沈黙が流れること暫し・・・。 「ドぉ〜モぉ〜ンん〜。」 「あ、いや〜違っ・・・その・・・あの・・・・。」 地の底から這い上がって来るようなユウリの恨めしそうな声が、既にフォローなど意味を持たないことを物語る。出来ればこのまま気絶してしまいたいと願ってはみても、そう都合よく運ばない自分のタフさは、自身が一番分かっているだけに。声にならない言葉の代わりに、ドモンの全身から冷や汗が流れ落ちて行く。ユウリの背後から静かに溢れ続ける怒気にすっかり萎縮して、次第に後退りするものの、狭い車内。すぐに追い込まれてしまった。助けを求めて視線を彷徨わせた先で、運が良いのか悪いのかアヤセと目が合ったが、我意に介せずを決め込んだ背中に縋った所でどうにかなる筈も無く。 「馬鹿が。」 アヤセの呟きを追うようにして、鉄拳を喰らったドモンの悲鳴がこだました。 「震度5だな。」 それは被害を被った車を指しているのか、激しく揺れたであろう、窓とお友達中のドモンの脳に対してなのか。まだ憤慨しているユウリを余所に、冷静に検証しているアヤセのクロノチェンジャーが不意に鳴った。 「アヤセさん?あの・・・。」 蒸気の音が混ざって聞こえてくる所をみると、客に出すお茶を準備しているのだろうが、何か気に掛かる困惑気味なシオンの声。 「竜也さんのお母さんが、いらっしゃってるんですけど・・・。」 「「・・・・、えっ?」」 思わず顔を見合わせたアヤセとユウリの声が重なった。 (4) 「何か、縁側でまったり〜って感じだね。」 「じじい。」 しみじみと茶をすする竜也に、直人は短く毒づいた。 今二人は、とある海に来ている。 夕日が見たいという竜也の希望でここに到ったものの、瞬間に直人は激しく後悔した。 唐突に手を掴まれたと思えば、訳も分からず引っ張られるようにして向かっていく先は・・・。 「おい待て!?ぁぁぁああああああ浅見ぃ?」 時既に遅し。駆け抜けた嫌な予感に抵抗を試みるが、もはや竜也の勢いは止まらず。 「ちょっ・・早まるなぁ!!」 「♪〜」 「§□※#@!!!」 健闘空しく。見事なタイミングでやってきた高波の中に、諸共投げ出された。 「あぁ〜さぁ〜みぃぃぃ。」 悪戯が成功した子供のように歓声を上げる竜也に、不覚にも術中に嵌ってしまった直人の恨みの声が響き渡り・・・。 後はお約束の展開である。 潮まみれの体が気持ち悪いとごねられて、運良く近くに見つけたキャンプ場の水場を拝借。 盛大に蛇口を捻ると、 「ったく、いつまで経ってもガキだな。」 「直人だって楽しんでたくせに。」 文句を浴びせ合いながら、二人して服を着たまま洗い流していく。 「しばらく、ここで足止めだな。」 「うん。」 水を止めるなり、体に張り付く服の感触に眉根を寄せて、直人はシャツの前を開けた。竜也も徐に脱ぎ始めたが、途中でふと視線に気付いて振り返ると。おそらく本人も自覚していなかったのだろう。目が合ったとたん、何故か慌てたように直人は逸らした。 「今、ちょっと変なこと考えただろ。」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・。 「別に。」 「何だよ今の間は。」 「ふん。」 鼻を鳴らして歩き出す背中を見やりながら肩を竦めた竜也は、その後脱ぎ掛けだった服が張り付いたまま絡まり、結局助けを求めて直人を呼び戻す破目となった。 「あ、お帰りなさい。」 事務所の外にまで聞こえてくる楽しそうな笑い声に、心なしか緊張を滲ませてドアを開けてみれば、何やらご機嫌で頬張っているシオンに真っ先に目が留まって。 向かい側で微笑む奈美江への短い挨拶もそこそこに。 「シオン、何してるの・・・?」 「試食中です。」 「・・・・・。」 話によると、机に広げられた色とりどりの弁当類は、奈美江が差し入れに持って来たものらしく、その時のシオンの目の輝きがやたらと気になったのか、一口勧めたのが事の始まり。底なしの食欲を持つシオンの反応は、誰もが知る所だが。 「これはどう?これは?」 気を良くした奈美江の勢いも手伝って、既に二口三口では止まらなくなっていた。 果たして、この弁当は誰の為に持ってこられた物だったのか・・・。 次々と口の中へと運ばれる手は遠慮というものを知らず、確か仕事前に皆で昼食を取ったのは幻だったんだろうかと、思わず記憶を辿ってみるユウリと、もはや驚きもしない、その気力すらも無いらしい傷心中のドモン。今はユウリ以外に少しでも心の救いを求めたいのか、無駄だと分かっていても、「ほら言った通りだろ」とばかりに隣にいるアヤセに目で訴えるが、当の本人は思案でもしているかのように弁当をじっと見つめていたかと思えば、徐にキッチンへと消えて程なく、 「味見お願いできますか?」 今朝から作っていた何品かを皿に乗せて戻ってきた。密かに部屋の隅で、霊界を作る者一人。 「宜しいの?」 些かの緊張の欠片もなく頷くアヤセから受け取ると、優雅な手つきで食する奈美江の顔が次第に綻んだ。この瞬間密かに心の中で、小さくガッツポーズを作る者ここにあり。 「まあ。あの子の好みの味をご存知なのね。美味しいわ。」 「ありがとうございます。」 そんな事は微塵も見せないしおらしいアヤセスマイルの下で、何を企んでいるのか見え見え過ぎて、ドモンとユウリが呆れたように溜息を吐いたのも束の間。 それまで食べる事に夢中になっていた筈のシオンが、何を思ったか突然立ち上がるなり、 「駄目です!竜也さんは僕が貰います!」 いきなり核心を突いた。 「シ、シオン・・・?」 「僕が竜也さんを幸せにします!」 拳をきつく握り締めて、天井に向かって力説するシオン。突然の展開に呆気に取られたドモンとユウリだったが、我に返ったアヤセも黙ってはいられない。 「おい待て。竜也は俺と・・・。」 「こればかりは譲れません!何より、僕の方が稼ぎは上ですから!」 「ぐ・・・。」 あっさりと痛い所を突かれて、あっという間に閉口してしまったアヤセ。取り入ろうとする折角の画策も、繕っていた表情と共に崩れ落ちる音が聞こえてきそうな気がして。ソファーへと消沈する姿など滅多に見られるものでは無いが、流石に気の毒に思えたのか、ドモンは弱弱しく苦笑い。 「不毛だわ・・。」 その横で、ユウリがぼそりと呟いた。 そして、目の前で繰り広げられる二人のやり取りに、思わず箸が止まっていた奈美江は、ぽんっと手を一打ち。 「まあまあまあ。」 おっとりとした笑みの中に、何やら含みが見え隠れしているのは気の所為ではないだろう。 「竜也は幸せ者ね。」 そこにある意味をどう取ったのか、四人それぞれに浮かぶ反応は様々で。 漂う何とも奇妙な空気を余所に、狸寝入り中のタックの羽が、溜息代わりに小さく動いた。 (5) 「あんまし人居ないね。」 「シーズン前だからな。」 眼下に広がる海は、まだ青い。 細波の合間に短い会話を交わしながら、その瞬間が来るのをのんびりと待つ。防波堤の上で寛ぐ二人の後ろでは、ミラーに掛けた竜也の服が、心地よい風に揺れていた。 「良かったのか?」 「ん?」 直人らしくもない、くぐもった声。最後のたこ焼きを頬張っていた竜也は、咥え楊枝で振り返った。開けられた直人の白シャツが、ふんわりと風に煽られては音を立てる。 「在りきたりな所ばかり周ったが、何か意味があるのか?」 「?・・ああ・・・うん。」 察しの良い問いかけに、小さく竜也は頷く。暫し流れる沈黙を埋めるかのように、手の中の缶を弄んでは笑みを浮かべて。 「昔、親父たちとさぁ。来た事があるような気がするんだ。」 遥か遠くを見つめる目は、どこか懐かしい色を浮かべ、躊躇いがちに言葉となって零れ落ちる。 「気がする?」 「気がする。」 直人の疑問符に、竜也はどこか困ったような表情を隠すように缶を傾けた。 「物心付く前の記憶かな。あんまり思い出せないや。」 家族と出掛けたことなど、数えるほども無い。脳裏に浮かぶのは、自分を取り囲む上辺だけを飾った偽りの顔が吐き出す雑音。拒絶も叶わない巨大な組織の中で、感情さえも呑み込まれそうになる。 「本当は、何処かの誰かの風景かもしれない。」 呟くようなそれは、願望が生み出した、不確かな現実なのか。 「今日はありがとう直人。」 ただ言葉を綴って。 「直人と久しぶりに一緒に居られて、楽しかった。」 ただ自嘲気味に笑って。 「今日っていう日は、疲れる思い出しか無かったから。」 自分という存在の弱さを・・・・思い知らされる。 「贅沢だな。」 「・・・うん。」 立ち上がり背を向けた直人の、意図を含んだ突き放すような言葉。変わらない強さに、いつも焦がれながら。 「でも、俺は俺だから・・・。俺で、いたいから・・・・。」 見つめる先に何が待つのか分からない「明日」を探し続けて、今もまだ、止められないでいる。 「お前は今のままで・・・。」 太陽の匂いをいっぱいに含んだ竜也の服が、声と共に降って来る。 「前だけ向いてりゃ良いんだよ。」 苦虫を噛み潰したような、直人らしくない言葉。本音とも皮肉とも取れるその中にある想いをどう感じているのか。振り向くことなく、やはり口端は意味ありげに歪んだまま。色を変え始めた景色をその目に映し、竜也は背後に立つ直人に体を預けた。直人もまた、伸ばした腕の中に竜也を抱きしめる。 目の前にある現実は、まだ何も変わってはいないのかもしれない。 それでも自分で決めた道だから、後悔は無かった。 力から逃れようとする者と、力を欲する者。 それぞれに、今は歩み方は違うけれど。 「うん・・・。」 明日を変えたいという想いは、同じ。 「・・・分かってる。」 細波の音さえ掻き消して。緩やかな金波の輝きに目を細めて。 重なった二つの影が、ゆっくりと薄らいで行った。 「家を出て良かったのかもしれないわね。あの子、とても良い顔するようになってた。」 先ほどまでの空気を一新するかのような、それは唐突に語られた。淹れ直されたばかりの、トゥモローリサーチでは最高級茶の水面では、どこか嬉しそうな笑みが揺れている。 「竜也が何に悩んで、苦しんでいるのか。分かっているつもりよ。でもね・・・。」 同時に零れるのは、切なげな声音も含み。 「それでも背負って行かなければいけない。恵まれた環境に、『浅見』に生まれたんですもの。」 誰もがそう望んだわけではなくても、現実は容赦なく突きつけられる。意思の及ばない何かに翻弄されそうになるそんな姿を見ては、アヤセたちもまた、何度となく自分の境遇と重ねてしまう事もあった。 絶望と葛藤で、何もかもが混沌としていたあの頃。竜也と出会わなければ、何も変わらなかったのかも知れない。 「私、楽しみなの。あの子がどんな答えを出すのか。」 窓の外を見やるその目は、オレンジ色の景色ではなく、今ここにいない竜也を映し。四人もまた同じ姿を思い浮かべては、「変わるかもしれない明日」へと想いを馳せる。 それは、誰よりも強く信じているアヤセだからこそ。 「あいつは、我侭で、甘ちゃんで、世間知らずだけど。」 静かで抑揚のない声は、今日はどこか嬉しそうな色を含み。 「強いですよ、あいつは。」 その言葉に共感するように、シオン、ドモン、ユウリは、ゆっくりと頷く。 竜也が教えてくれた「明日」。 そこに誰かの意図があろうが、どんな未来が待っていようが、もう迷わない。 どう生きるのか。どう生きたいのか。全ての答えは、自分の中にあるのだから。 「ありがとう。私もそう思うわ。」 一人一人を順に見つめた後、目を細めながらそう言った表情は本当に穏やかで。そこに浮かぶのは、「浅見」では無い、一人の母親そのものだった。 竜也と重なるその笑みは、ある想いをそれぞれに去来させ。 淡く事務所を染めていた光が、直に来るタイムアップを知らせていた。 (6) 「すっかり遅くなっちゃったね。まだ夕飯は無事かなぁ。」 バイクから降りながら、何気に見上げた我が家の窓に明かりが点いていないのを認めて、首を傾げる。 「じゃあな。」 抱えたままの手からヘルメットを掠め取ると、早々と退散し掛けた直人は、案の定竜也に阻まれた。 「寄って行かないの?」 「馴れ合う気は無い。」 「ぶ〜ぅ。」 相変わらずの素っ気無い返事に、またしても竜也の頬が膨れる。子供じみたそれに、いつもなら皮肉を浮かべる直人だが、この時は何故か違った。 どういった心境の変化なのか、それとも弾みだったのか。徐に伸ばされた指が竜也の頬を軽く突付くという、普段なら有り得ない行動を見せた。 衝撃的なその反応に思わず感動したのか、次第に目を潤ませる竜也。それを見て言葉に詰まった直人も、無意識とはいえ、自分のした行動に気恥ずかしさを覚えて、慌ててゴーグルを下げた。 憮然としたまま走り去っていく直人を、満面の笑みで見送ると、竜也は事務所への階段を駆け上がる。 「みんな、まだ仕事かな?」 それなら何か作って待っていよう。そう、献立を巡らせつつ扉を開けると。しんと静まり返った部屋の中で、何かが動いた気配がして。タックとは別の、明らかに自分に向けて飛んでくる視線に、本能的に身構えた瞬間。戦闘時とはまた違う大きな音が響き渡り、思わずびくっと肩を震わせてすぐに、突然部屋の明かりが点いた。 一斉に明るくなった事で、つられて見上げた先から、何やら色とりどりの紙テープが降ってくる。目を瞬かせるのも忘れてしまったほどに、後を追うように視界に飛び込んできたのは。 「「「「 誕生日おめでとう(ございます)!!!! 」」」」 クラッカーを手にしたアヤセたちの笑顔。見回すと、部屋の中はいかにも手作りで飾られ、数々の料理が並んでいる。何だかクリスマスと正月が、一遍に来たような有様だ。 いつもとは違う雰囲気と、四人はまだ仕事の筈では?という多少の混乱もあり。 「な、何?あれ?みんなどうしたの?」 まだ呆けている竜也に、シオンは歩みよりざま花束を差し出した。 「今日は竜也さんのお誕生日です。」 「ああ・・うん。そうだけど・・・。」 その勢いに押されて受け取ったものの、こういった状況は慣れていない所為か、戸惑いが隠せない。 「何浮かない顔してんだよ。今日はお前が主役なんだぜ。」 「・・・あ・・うん。」 盛り上げようとしたドモンだったが、歯切れの悪い竜也の反応に、訝しげに顔を見合わせる。 「あっ、ごめんごめん。こんな風に祝って貰った事が無いから、ちょっと吃驚しちゃって。」 慌てて明るく振舞おうとするが、無理が見え見えで。 「ただ・・・毎年親父にも、同じ事言われたなって。そう思ってさ。」 独り言のように呟くそれは、アヤセたちの耳にも確かに届いていた。胸の中に抱えているものが何なのか、痛いほど伝わって来る。 竜也は物心つく前から、既に社交界の中に身を置いていた。誕生日パーティーともなれば、それは盛大なものだったが。やがて年を重ねる内に、そこに集まる人々の心の裏側を感じるようになるにつれ、次第に反発となって表れた。 「今更何を言っているんだ!」 廊下にまで響いてきた怒鳴り声に、様子を見に来た奈美江は半開きのドアの前で足を止め、そっと覗き見ると。緊迫した空気が漂う中で、竜也と渡がこう着状態のまま睨み合っている。 「もう既に各界からも集まっていらっしゃるんだ。これはお前の為でもあるんだぞ。」 窘めるその言葉に頭を振りながら、胸に釘を指すように突きつけられるステッキを竜也は払いのけた。 「本当に・・・本当に俺の為に祝ってくれてる人なんていないじゃないか。もうたくさんなんだよっ!」 「甘ったれるんじゃない!お前の意思など、組織の中では取るに足らん。身の程をわきまえろ。」 どんなに感情をぶつけても、「浅見」という大きな力の前では成す術も無くて。 「今日の主役はお前なんだぞ。我侭は許さん!」 部屋を後にしていく圧倒的な存在感を背中に感じながら、結局自分の無力さを思い知らされて唇を噛み締める。 「竜也。」 呼ばれて肩越しに振り返った先に母親の姿を認めると、竜也の全身から張っていた気が抜け落ちた。 「みっともないとこ見せちゃったね・・・。」 複雑に歪ませるその表情に、奈美江もまた切なげに小さく首を振る。 「母さん。俺・・・家を出るかもしれない。」 思いつきでも、弾みでもない。ずっと以前から考えていたことだった。 「浅見」ではない一人の竜也として、どこまで出来るのか試してみたい。それは見方を変えると、力から逃れたいだけなのかもしれなくても。 「あなたがそうしたいのなら、母さん何も言わないわ。あなたがしたいようにして良いのよ。」 期待していた訳ではないが、その言葉は竜也を驚かせるもので。 「反対・・しないの?」 「して欲しいの?」 改めてそう突っ込まれると、何も言えなくなってしまう。反発し合ってしまう渡とは違い、奈美江の前では素直な自分を曝け出せるだけに、また別の意味で弱いのかもしれない。 「あなたの人生だもの。言っても聞かないでしょ。そういう頑固な所、お父さんにそっくりね。」 途端に眉間に皺が寄ると、竜也は口を尖らせた。 「何で親父が出て来るんだよ。」 「あなたがお父さんの子供だって事よ。」 言葉の中に含まれた意図を、果たしてこの時の竜也はどう取っただろうか。 「でも、たまには顔見せてね。これでもあなたと一緒で、寂しがり屋なんだから。」 おどけて見せるものの、表情とは裏腹の声音が、竜也の胸を締め付ける。 そっと奈美江に近づくと、徐にその華奢な肩に項垂れた。戸惑う気配を感じながら、竜也は呟く。 「ごめん。今だけ・・・。」 小刻みに伝わって来る震えに、奈美江もまた頬を寄せ静かに手を回すと、梳くように撫でる。 「大きくなったわね、竜也。」 懐かしい記憶を呼び起こすような包み込む温かさが、酷く優しくて心地良くて。 「竜也さん?」 呼ばれて気付いた。頬に流れるそれに・・・。 「あ、ごめん。俺・・どうかしてる。何で涙なんか・・・。」 自嘲しながら慌てて拭うが、何故だか止まらない。 見られたくなくて覆うように花束で泣き顔を隠す竜也に、頭から絡まったままの紙テープを取り除きながら、最初に言葉を切り出したのはシオンだった。 「竜也さん。僕はお父さんとかお母さんとか、よく解らないんですが。でも、とても良いものだなって思います。だって、甘えたり我侭を言えるのって、親じゃなきゃ出来ないって事ありますよね。」 そこにあるのは、故郷を失い、親を知らない悲しさではなく、大切にして欲しいという願い。 「竜也。何だかんだ言っても、今こうしていられるのは、お前一人の力じゃ無いだろ。無理難題言ったりするのも、あの中で生きていく術を身に付けさせようとする、親父さんなりの愛情だったんじゃないのか。」 離れてもなお、誰よりも家族との繋がりを感じているドモンだからこそ、その中にあるものの深さを問いかける。 「竜也。“いつか来るその時”までに、ちゃんと向き合えよ。親父さんとも、お前が背負っているものとも。いつまでもそばに“在る”訳じゃ無いんだ。どんな形にしろ、想いは大切にしないとな。」 命の期限を宣告されても目を背けない、生きようとするアヤセの強さの中にあるのは、今まで気付かなかった、自分を支えてくれた人々への感謝の気持ち。 「竜也。受け止めなければいけない現実を、どう歩いていくかはあなた次第。誰かが代われるものじゃ無いわ。それはあなたが一番よく解っている筈よ。」 失って初めて知った家族の存在の大きさ。変えられない過去に、寂しさが募る事も時にはあるけれど。今もユウリを支えているのは、父親との約束。 そして・・・・。 「でもね、これだけは言えるの。」 歩み寄る気配を感じて、静かに顔を上げる竜也。花束の中から一輪だけを取り出し、ユウリはそっと差し出す。 「あなたに出逢えて良かった。」 いつかは帰ってしまう、未来からの来訪者たち。ここでの日々も、側にいることが当たり前になってしまった存在も、次を向かえる時には、思い出に変わっているのかもしれない。 後どれくらいの時間を一緒に重ねていけるのかは分からないけれど、嬉しい事も悲しい事も、大切にこの胸に・・・。 「サンキュ。」そして、また一輪。 「頑張れよ。」また一輪。 「おめでとうございます。」また一輪。 花は差し出される。 巡り会えた奇跡に感謝して。 ここに生きている瞬間に感謝して。 今日という日に感謝して。 全ての想いに感謝して。 「ありがとう・・・みんな。」 一輪ずつ受け取っていく竜也。そこに浮かぶのは、再び蘇った涙と、花のような笑顔。 頭を撫でる四人の温かな手に、竜也は初めて生まれてきた悦びを感じていた。 (7) 「何?今の。」 乾杯の音頭に重なるように、不意に入り口の扉の外で、がたりと音がした。振り返った時には、既にそこに居たであろう気配は消えていたが、アヤセが出てみると、そこには大きな物体が一つ。 「あ・・それ・・・。」 覗き込んだ竜也は、思い当ったように声を零した。 「それ何ですか?」 皆の視線が集中する中、それは嬉しそうに包装紙を丁寧に開く。 「ジュゴンの抱き枕だよ。直人が買ってくれたんだ。」 枕に頬を摺り寄せるその仕草が似合い過ぎるのも、竜也ならではだが。 「うわぁ良いですねぇ。あっ、じゃあそれが直人さんからの誕生日プレゼントですね。」 「え・・・?」 思い掛けない発言に、竜也は枕を抱いたまま固まった。 本当は口止めされていたのだが、どうやら隠す気は微塵も無いようである。 「実は、お誕生日会をしようって事になったのも、直人さんからの依頼があったからなんですよ。」 「うそ!?マジで!?え?・・あれ?って事は・・・。」 困惑している竜也に、顔を見合わせたシオンたちの口元が可笑しそうに笑っている。 「吃驚させようって事で、今日お前を休みにしたのも。」 「無理やり外に出したのも、パーティーの準備をする為で。」 「全部、直人さんと僕たちで仕組んだことでしたぁ〜。」 「ぇぇええええ〜!?」 あらぬ方向に向けて、驚きの声が響き渡る。 どうやら暇を持て余した竜也が、直人の所に押し掛けるのも予想がついていた事らしい。 よく考えてみれば、竜也の我侭に直人が付き合うなど珍し過ぎる現象なのだが。一度はあしらわれたものの、誘われた嬉しさに、気にも留めなかったようだ。恐らくバイクの点検をしていたのも、今にしてみれば、最初から出掛けるつもりだったのだと分かる。 そして何よりも驚いたのが、直人が誕生日を覚えていた事。そんな素振りすら全く見せず、いつものように鼻で笑って、皮肉混じりの言葉を唇に乗せて。それでいて、肌に伝わってくる温もりは、切ないほどに心地良いもので。 直人と過ごした時間全てが、耳に残る波の音のように押し寄せてくる。 「おい何処行くんだよ!」 突然踵を返した竜也は、ドモンの制止の声で振り返る。 「多分、さっきのは直人だよ。お礼言わなきゃ。」 逸る竜也に、更に声が重なる。 「大丈夫です。また戻ってきますよ。」 「え?」 「きっとアヤセさんが・・・。」 シオンはにっこりと微笑む。いつからだろう、その姿を探して見回せば、忽然と消えている。 「相変わらず、こういう事だけは早いな。」 例の如く呆れたように零すドモンだが、その口調に嫌味さは無い。仲間を想う気持ちは誰よりも強いアヤセだからこそ、それが竜也となれば言わずもがなである。 因みにアヤセの真意を解っているのかいないのか、怪しい所ではあるが。 とりあえず落ち着きを取り戻した竜也は、シオンに促されるようにして二人を待つ事にした。そしてようやく気が付いたらしい、ドモンの顔に無数に貼りついている物体を指差す。 「ところでさあ、その絆創膏・・・。」 「あ、ああ〜。ちょっとな・・・。」 遅すぎるであろう疑問符に、いつもならすぐに突っ込むべき所なのだが。一足先にアルコールが回り始めている所為か、それとも思い出したくはないのか。苦笑するそんなドモンの横では、素知らぬ振りでユウリがシャンパンを呷っている。 「そういえば竜也さん、何だか潮の香りがしますね。」 「あ、うん。海に行ってたからさ。」 「良いなぁ。僕も連れてって下さいよぉ。」 「今度な。」 竜也に頭を撫でられ、嬉しそうに顔を緩ませるシオン。その下で、本当は何もかも筒抜けの黒い笑みの理由を知っている、唇の端で毒づく者二人。 「なんか事務所に花があるのも珍しいよな。」 見慣れない花瓶の上に無造作に溢れかえったそれが、誰の手によって活けられたものなのか何となく想像できて、華道をたしなむ一面もある竜也としては苦笑を隠せないその側で、ご満悦なユウリ。 「配達の仕事が入ったのよ。依頼人が良い人で、今日のパーティーの話をしたら、急だったから御礼にって。」 因みに竜也にプレゼントした花束は、ちゃんと皆でお金を集め合って買ったものらしい・・・のだが、ユウリの機嫌の良さが幸いしたのか、それともやはり回りすぎたアルコールの所為なのか。 またしても余計な一言が、ぽろり。 「いやぁ見せてやりたかったぜ。そん時のユウリの、か」 言い終わる前に、瞬殺並みのユウリの裏拳が炸裂。絶句する竜也とシオンの先で、全く懲りていないらしいドモンは、今日何度目かの悲鳴を上げて沈没した。 「わざわざ届けておいて、そのまま帰るのか?」 ヘルメットを被りかけていた直人は、階段下からのその声に眉を顰めた。 「竜也が感極まっている頃を狙って、オイシイ所を持って行こうとした訳だ。今頃、あいつ感動しまくってるぜ。この時間帯に届けるようにしたのも、職権濫用して、途中で荷物を業者から受け取る為。さしずめ、ロンダーズの名前でも使ったか?」 まるで見ていたような言われようだが、実際の所、遠からず近からずなので沈黙を保ったまま。もちろん、そんな事は微塵も表情に出さないのが、滝沢直人ゆえであるが。 「俺がいる必要は無いだろ。それに今日一日、独占出来たしな。」 肝心な事はあっさりと流した返答が、アヤセの苦笑を誘う。 「感謝してる。」 それは、耳を疑ってしまうような言葉だった。 神妙な表情に、一瞬驚きを浮かべた直人だったが、皮肉混じりに肩を竦めて見せた。 「らしくないな。酔ってるのか?」 言葉通りでない事は、見なくても分かる。いつもの挑戦的な態度は微塵もなく、ただそこにあるのは竜也への想いのみ。 何故か、無性に腹が立つ。 「お前らを利用して、自分の欲求を満たしたかっただけかもしれないぜ。」 口端に毒を乗せて歪ませるが、アヤセの表情は動かない。 これ以上は、詮もない事で言い合う気は更々無かったのだが。 キーを回そうとした手に、不意に制止が重なる。思いもしなかったその行動に、訝しげに振り返った直人は、その瞬間耳を疑うような言葉を聞いた。 「感謝してる。だから来い。」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ!?」 かなり遅れて間抜けな声を発してしまった直人にも構わず、アヤセは尚も淡々と続ける。 「心配するな。料理は俺が全部作った。だから来い。」 「意味分かんねぇぞお前。」 「竜也のお袋さんの保証つきだ。来い。」 「いや、何でそうなる!?」 「苺のケーキもあるぞ。来い。」 「だから何だ。っていうか、お前ちゃんと話聞けよ!」 「お前が言い出した事だろ!最後まで付き合ってけ。」 「・・・・。」 流石にそれを持ち出されると、律儀にも考え込んでしまう直人。不覚にもアヤセのペースに嵌っている事に気付いて、その片眉が上がった。 「食えねぇ奴だ。」 「食われてたまるか。」 皮肉を含んだ笑みを浮かべ合う二人の頭上から、呼ぶ声が響いて思わず見上げると、窓からシオンが手を振っている。 「なあ。あいつの頭と背中に黒いもんが見えるんだが、気の所為か?」 「いや。後、尻尾だな。」 苦笑するアヤセの横で溜息一つ。観念したように、直人はバイクから降りた。 (8) 「遅いよ二人とも。」 竜也の笑顔の出迎えに、思わず入り口で固まってしまう直人。その背後の冷やかしの視線に、多少の気まずさは隠せなかったようだが、手を引くそれは不快なものではなくて。甲斐甲斐しく料理を盛った皿を素直に受け取る表情は、仕方が無いと言うよりは、満更でもなさそうに微笑を浮かべていた。 そして何処か遠くから見守るように、腕組みをしたまま扉に凭れているアヤセに、ドモンは軽く自分の肩を触れ合わせる。 「お前、やっぱ良い男だよ。」 その言葉に一瞬自嘲気味に笑ったが、「当たり前だろ」といつもの口調で返されて苦笑い。 「それよりお前、また傷増えてないか?」 「触れてくれるな。」 途端に声音が落ち、手ぬぐい代わりに袖口を噛むドモンに、何があったのか想像するまでもなく。呆れを通り越したか、珍しくアヤセは落ち込む肩を叩いて宥めていると、明るい呼び声が飛んでくる。 「ほらぁ、なくなっちゃうよぉ。」 とりあえず誰かさんの胃袋に入る前に自分のケーキだけは死守したいアヤセと、立ち直りの早いドモンは、慌てて輪の中へ戻るなり、とりあえず目的のものがそれぞれ無事である事に安堵した。 竜也の顔からは絶えず笑顔が零れ、それは自然と周りにも広がっていく。 今日一日色々とあったが、「竜也が幸せであればそれで良し!」な面々たち。 六つのグラスが盛大に鳴り響く。 「「「「「「 乾杯ぃ! 」」」」」」 この日トゥモローリサーチの窓からは、いつにもなく賑やかな声が、温かい明かりと共に零れていた。 夢のような時間が流れた後には、静寂のみが漂い。 ソファーや畳の上に突っ伏している酔払い累々に、そっと寝具を掛けていく。 一体何を口にしてそうなってしまったのか、すっかり夢の中のシオン。 互いに飲み潰れて、引っくり返っている直人とアヤセ。 お得意の腹芸を披露したままの、あられもない姿のドモン。 花瓶から巻き散らした花の中で眠る、意味不明なユウリ。 もはや原形を留めていない室内の飾りも、転がるアルコール瓶やグラスも。 それまでの賑やか振りが窺えるその様子は、明日には深い溜息へと変わるだろうが。 揺れながらも一人一人をしっかりと写真に収め終えて、何処かへ流れてしまっているであろう思考で満足げに微笑む。 覚束ない足取りのまま、携帯電話と抱き枕を手に寝室へ入ると。 「竜也。」 悲鳴こそ堪えたものの、暗がりの中に光る目と突然の羽ばたきに、思わず扉に張りついてしまった。 「タック?何でこんな所に居るんだよ。」 「またあんな目に合うのは御免だからな。避難してたんだ。」 タックが言っているのは恐らく、パワースプリッティの原液で酔っ払ってしまった竜也たちに、‘あ〜んなこと’や‘こ〜んなこと’をされた時の事を言っているのだろう。 一変に酔いが醒めてしまった苦笑気味の竜也を余所に、タックは二段ベッドの手摺に舞い降りた。 「皆は寝たようだな。」 「うん。戻る?」 「ああ。」 扉を開けるそれに促されるようにして羽を広げたタックだったが、ついっと向き直ると、その名をもう一度呼ぶ。目で聞き返す竜也に向けられて、紡がれた言葉は。 「君がタイムレッドで良かった。」 変わる事のない同じ表情の筈なのに、その穏やかな声音が全てを物語る。彼もまた、ただのナビゲーターロボットではない、いつも皆の事を想ってくれる大切な仲間だから。 瞬かせていた竜也の目が、嬉しそうに細くなる。 「・・・ありがとう、タック。俺もタックと、みんなと出逢えて良かった。」 タックがまた、笑った気がした。 「おやすみ。」 「おやすみ。」 お気に入りの所定の場所に戻っていくタックを見送り、再び部屋には闇が降りた。 のろのろとアヤセのベッドに腰をかけ大きく息を吐くと、やがてディスプレイの光が浮かび上がる。 腕の中には抱き枕。胸の中には溢れる幸せ。 数回のコールの後、窓の外の夜空を眺めていた竜也の顔が綻んだ。 あ、母さん? ごめん。こんな夜遅く あ・・もしかして起きてた? うん。来てくれてたんだって? うん。美味かった。ありがとう え?親父?・・・あ〜・・いいや、またにする うん。あぁ〜でも、その内顔出すよ ん?・・・うん・・・そうだね。色々あるけど、楽しくやってる うん。・・・気持ちの良い連中ばかりだからさ 母さん・・・俺、・・・・・・・・ ああ・・いいや。何でも無い・・・・ うん。母さんも体に気を付けて うん。・・・おやすみ・・・・・ |
| DLフリー企画のSSを遠慮もなく頂いてまいりましたv も〜う皆に愛されまくってる竜也に読んでるこっちが幸せですよ! 子悪魔なシオンも一言多いがゆえに哀れなドモンも シャイで可愛いユウリも素敵な母親の見本のような奈美江さんも 男前なアヤセも美味しいトコ取りな直人も みんなみんなすごく彼等らしくて素晴らしいです!! こんなにたくさんの人に見守られて竜也はホントに幸せですよね。 タックの一言に思わずジ〜ン・・・。 ともじゅさま、ありがとうございました〜vvv |