恋一夜



運命を決める選択が誰の人生にも一生に一度必ずあるとすれば。

俺にとってあの雨の一夜が間違いなくそうだった・・・。



それは鬱陶しい雨がかれこれ一週間は続いていた頃。
バイトを終えた俺は雨の中家路を急いだ。
風をともなった横殴りの雨に傘はほとんどその用を為さない。
ただでさえ手持ちの衣服は少ないってのに連日これでは洗濯もままならず、明日辺りまと
めてコインランドリーだな、などと降り続く雨を忌々しく思いながらアパートの階段下で
傘をたたみ一息ついた。
濡れそぼったシャツやジーンズが張り付く不快感に舌打ちしつつ階段を上って俺は立ち止
まった。
俺の部屋の前で誰かが蹲っていた。
こんな夜半にしかもずぶ濡れで。
一瞬酔っ払いかと思ったが、すぐにそれが見知った人物であることに気付いた。
「浅見・・・?」
それでも不審なことに変わりはなく、小声で呼びかけると蹲っていた肩がピクリと動いて、
ゆっくりと顔が上げられた。
「なお・・・と・・・」
向けられた虚ろな表情と、俺の名を呼んで震えるその声になぜか胸騒ぎがした・・・。



浅見竜也と初めて出会ったのは高校のインターハイ決勝だった。
だがその時はそれがどんな人物かなど俺にとってはどうでもよく、それはただ倒すべき相
手でしかなかった。
これから俺自身の人生にレールを敷いていく為に。
その決勝。
俺は勝った。
そいつはその前の試合まで確かに感じられたぴんと張り詰めた緊張感がまるでなく、拳も
蹴りも何もかもが浮ついていて、いわば自滅してくれたようなものだった。
そいつに何があったのかなんてこの際関係ない。
勝ちは勝ちだ。楽に勝てればそれに越したことはない。
そう思いはしたものの、俺は自分で思うよりも空手に対して真摯だったらしく、決勝まで
上り詰めてきた相手と全力の勝負が出来なかったこと、その上で勝利を得られなかったこ
とへのわだかまりが少なからず胸に残っていた。
しかしそれもそれからの目まぐるしい環境の変化にいつしか忘れ去っていた頃、俺は浅見
竜也に再会した。
俺が死に物狂いで勝ち取って這い上がった場所と、あの時負けたことであいつが仕方なく
腰を置いた場所は同じだったのだ。
その事実も、あいつが日本屈指の大財閥である浅見財閥の御曹司であることも後から知っ
た。
不愉快だった。
生まれながらにして恵まれた人間というやつは世の中ざらにいるもんだ。
あいつがその中の一人だったことは特に問題じゃない。
はっきりいってどうでもいい。
不愉快なのは。
己が背負っているものの価値も意味も知ろうとせず闇雲に投げ出したがっているあいつの
お坊ちゃん気質と、望みどおりそれから逃れるチャンスを得ていながら詰めをしくじるそ
の甘ったれた根性とだった。
同じ空手部の部員として毎日のように拳を合わせるようになって改めて浅見の強さを認識
してますます腹が立った。
もしもあの時あいつが全力を出せていたなら試合の結果はどうなっていたか分からない。
その力は家の名前や権威とは関係なく浅見自身が積み上げ培ったものに間違いなく、それ
だけの武器を持ちながら肝心なところで浮き足立って自滅した奴自身の甘さが腹立たしい。
ともすればそのおかげで自分が今ここにあるのかと思うと腸が煮える思いだった。
いつか必ずこいつを実力で叩き伏せてその甘さを思い知らせてやる!と俺は心に誓った。
でなければ、俺はきっといつまでも自分を認められずレールにも乗り切れないだろうか
ら・・・。
そんな風に思う一方、俺は日々の生活の中で、他ならぬ浅見竜也自身にその毒を抜かれま
くっていた。
実年齢に対して精神年齢が低すぎるんじゃないかと思うような無邪気さと天然ぶりに何度
呆れたか分からない。
その度にこいつがかの浅見大財閥の御曹司であることを本気で疑い、こんなのが後継じゃ
あそこも先は長くないな・・・などとしなくてもいい危惧をし、個人的な遺恨を抱いてい
ることが甚だバカらしくなったりした。
とはいえ真実裏表のない真っ直ぐで素直なその人となりは、親の威光にへばりついて生ま
れを鼻に掛けるしか能のない他の金持ち連中などとは比べるべくもなく人間的に好ましか
った。
俺自身口も人付き合いも上手い性質じゃなく、無口で無愛想だという自覚はあるんだが、
浅見はそんな俺を全く気にした風もなく、何がいいのか学内にいる間四六時中俺について
回った。
最初はその馴れ馴れしさが疎ましく、尚且つ、トップクラスの家柄の御曹司としがないス
ポーツ特待生という不釣合いな組み合わせに対する口さがない連中からの謂われない誹謗、
中傷に度々ウンザリさせられた。
だが。
それらを差し引いても、浅見に無条件に慕われるのは正直悪い気分ではなかった。
浅見竜也に対してそんな相反する思いを抱きつつも、俺と浅見は自他共に見て友人といっ
て差し支えない関係でもって、それなりに平穏な学生生活を送っていた。

しかしそれは突然・・・本当に突然に訪れた。

どういう状況だったかは記憶にない。
ある時何かのはずみで偶然掌が触れ合った。
そこにあった浅見の手に俺の手が上からかぶさる格好で。
それはほんの一瞬の出来事だったが、浅見は驚いたようにさっとその手を引いた。
振り払うようなその仕草に、何をしたわけでもないのに慌ててこっちも手を引っ込めた。
その時、そのことに対して何か言葉を交わしたわけではなかったが、刹那垣間見えた浅見
の表情と瞳の色に俺は気付いてしまった。
おそらくは浅見自身気付いていない浅見の俺に対する感情を。
『ああそうか・・・こいつは俺のことが好きなんだな・・・』
一般常識で考えれば不自然極まりないことであるにもかかわらず、そんな言葉が何の違和
感もなくごく自然にストンと俺の心に落ちてきた。
それをどこか他人事のように冷静に感じながら、同時に俺はさらに気付いてしまった。
俺自身、浅見に対して同じ想いを抱いていることに。

ショックは後からやってきた。
今までの俺の人生にそんな要素は全くなかっただけに自分でも訳が分からず、混乱してそ
の日の夜は眠れなかった。
あれは男だ。嘘だ。そんなはずはない。何かのマチガイだ。
どれほどそう自分に言い聞かせても、一度自覚してしまった感情は決して消えてはくれな
かった。
懊悩を繰り返すうちに最後に俺の思考が辿り着いたのは、何故よりによって浅見竜也なの
かということだった。

俺は何も持ってはいなかった。
家族も家も金も何もかも。
そういう人間はとかくレールから弾かれやすく、俺自身何度もそういう経験をしてきた。
頼みに出来るのは己の力のみ。
そう気付いてから、俺は持てる力を最大限に研ぎ澄まし活用し、今の自分が立っている場
所からさらに上を目指す為のレールを敷き、確実に上っていくことを考えて生きてきた。
俺の思い描くレールの上にある世界。
その世界において『浅見』がどういう存在かなど考えるまでもないことだった。
例えるなら、雄然とそびえ立ち頂には雲がかかる巨大な山。
それに比べれば俺は山肌に転がる石ころにしか過ぎないだろう。
そしてあいつは・・・浅見竜也はそのはるか山頂に咲く花だ。
誰をも寄せ付けない厳しい環境に耐えると同時にそれに守られながら、そこ以外で咲くこ
とを許されないたったひとつの花。
その花を望み、山を登ろうとする石ころの運命など容易に想像がつく。
どれほど時を重ねて懸命に登ろうと、山肌を撫でる風ひとつで、気まぐれな大地の振動ひ
とつで真っ逆さまに転げ落ちるだろう。
二度と這い登ることもかなわないところまで・・・。
望んではならない。
例えどんな社会的成功や地位、権力を望もうと・・・いや、それらを望むならむしろ決し
てそれだけは。
何の力も後ろ盾もない身で・・・望んではならない。
そこに浅見本人の意思など介在する余地はない。
取り巻く環境がそれを許さない。
浅見竜也とは・・・そういう人間だ・・・。

それなのに・・・。

いつのまにか根ざしていた浅見への想いと現実を思い、俺は唇を噛んだ。
そして俺はその感情を無視することに決めた。
まだ間に合う。
浅見はきっとまだ何も分かっちゃいない。俺の気持ちも自分の気持ちさえも。
だから・・・今ならまだに合うはずだ。
俺さえ変わらなければ、何も考えなければ今の関係が壊れることはない。
そう信じて俺は自分の心から目を背けた。
俺は今まで通り自分の道を歩き続ければそれでいい、と。

この時。
俺はもうひとつ重大なことから無意識に目を背けていた。

もしも。

もしも浅見が自分の気持ちに気付いたらその時は?

もしも俺を見る浅見の瞳の色が変わったら?

その時俺は・・・どうするんだろうか・・・。



何故今こんなことを考えてしまうんだ・・・!
ずぶ濡れで一見してただならぬ状態の浅見を無碍に突き放すことも出来ず、俺はとりあえ
ず浅見を部屋の中に入れ、すぐさまユニットバスへ押し込んだ。
程なくしてシャワーが流れ出す音を確認して俺は息をついた。
浅見にかまけてすっかり忘れていたが自分もかなり濡れていたので手早く体を拭いて服を
替え、六畳一間の部屋の壁にもたれかかるように腰を下ろした。
静まり返った室内には雨の音とシャワーの水音だけがやけに大きく響いていて・・・何を
するでもなく手持ち無沙汰にそれに耳を傾けているうちに、俺はいつのまにか浅見のこと
を考えていた。
あの時。
己の感情を理解してしまったあの時から、決して考えまいとしていた部分にまで思考が及
んで、俺はそれを打ち消すように大きく頭を振った。
何だってんだ一体。
浅見の奴・・・どういうつもりで・・・。
くそっ、どうしてこんなに胸がざわつくんだ・・・!
舌打ちして壁に拳を強か打ち付けて、ふとシャワーの音が止んでいるのに気がついた。
いつの間に?と思うと同時に、すぐに出て来るかと思っていた浅見はいくら待っても出て
は来なかった。
流石に気になって腰を上げユニットバスのドアをノックした。
「おい、何やってんだ」
そう声を掛けても返事はなく、ドアノブに手を掛けるとノブは抵抗もなくカチャリと小さ
な音を立てて回った。
「・・・開けるぞ」
その手を途中で止めて一言そう言ってから、俺は扉を開けた。
「!」
中を覗いて俺はとっさに目を背けた。
浅見は腰にタオルを巻いただけの格好でろくに髪も拭かないまま洗面台の鏡に向かうよう
にそこに立ち尽くしていた。
部活で見慣れているはずのその裸の背中を直視できなくて、俺は視線をそらしたまま言っ
た。
「何してる。終わったんならとっとと出ろ。また冷えちまうぞ」
「・・・・・・」
しかし浅見は俺の言葉に返事を返すどころかこちらを見ようともせず、常にないその様子
にざわざわとした胸の疼きが高まって、俺はイライラして声を荒げた。
「おいっ」
「直人・・・」
すると。
絞り出すような声で、また浅見は俺の名を呼んだ。
先程部屋の前で俺を呼んだのと同じその声音に、俺は何も言えなくなって口を閉ざした。
ひとしきりの沈黙の後、今度は浅見の方から口を開いた。
「俺・・・さ。今日親父と喧嘩してさ・・・」
突然何の話かと思ったが俺は黙って聞いた。
「親父のこと・・・殴ったんだ・・・」
それから浅見はまた押し黙った。
俺は浅見の言葉を待った。
浅見と現浅見グループ会長である父親とが不仲であることは知っている。
方や息子に後を継がせたい親と方や決められた人生から逃げ出したい息子。
よくある図式だ。
親父は何も分かってくれない・・・などとよく浅見は愚痴るが俺にしてみればそれもこい
つの甘えのひとつにしか聞こえない。
今さらそれがどうしたというのか。
「今まではさ・・・どんなに言い争っても手を出したことなんてなかったんだよ?親父・・・
ひどくショックみたいだった。母さんも・・・泣いてた。でも俺もさ!俺も・・・自分で自分に
びっくりしたっていうか・・・。カッとなって・・・気がついた時にはもう手が出てて・・・。だって
・・・!我慢できなかったんだ!!」
小さく呟くように話していた浅見の肩は次第に小刻みに震えだし、抑えていた感情が噴出
すように徐々に語気が強くなっていった。
「俺のことならどう言われたっていい。けど親父は直人を・・・っ!直人のこと・・・『くだらな
い』って言ったんだ!!『くだらない友人は作るな。何の利用価値もないような人間と付き
合せる為にお前をあの大学に行かせたんじゃない』なんてそんな風に!!許せなかった
どうしても・・・。直人のこと何も知らないくせにそんな風に言うなんて絶対許せなくて・・・
俺・・・俺は・・・っ!」
そこで我に返ったように言葉を切った浅見は「ごめん」と一言呟いて息を整えた。
俺は相変わらず黙って聞いていた。
浅見の親父の俺に対する言葉には特に何も感じてはいなかった。
むしろ吐き出される浅見の感情のベクトルに心臓は耳障りなほど音を立て、頭の中では「こ
れ以上聞くな」という警鐘が鳴り響いていた。
にもかかわらず、俺は動けなかった。
「さっきも言ったけどさ・・・俺驚いたんだよ。自分の中にあんな激しい衝動があるなん
て初めて知った。でも・・・これって・・・」
再び話し出した浅見の声は落ち着いていながら苦笑まじりでどこか戸惑いを滲ませていた。
揺れるその声に頭の中の警鐘はますます大きくなる。
「その後思わず家を飛び出して・・・雨の中を走りながら・・・思った。あんな・・・親に手を上
げてしまうほどのあんな憤り・・・きっと誰に対しても感じるものじゃないって・・・。きっと・・・
直人・・・だからなんだって・・・。直人が俺にとってすごく大切で、すごく特別で・・・だから・・・
だからだって。そんな風に思ってたら・・・気がついたらここへ来てて・・・」
「・・・・・・」
「直人・・・俺・・・」
それきり黙ってしまった浅見を俺は無言のままゆっくりと振り返った。
そして鏡越しに見えた浅見の表情に、俺はそれを見てしまったことを激しく後悔した。
それと同時に頭に響いていた警鐘はぴたりと止まった。
もう・・・手遅れだったからだ。

ああ・・・

お前・・・

気がついてしまったんだな・・・

絶望にも似た思いで俺が掛ける言葉を失っていると浅見は俺に背を向けたままぽつりと呟
いた。
「ごめんね。突然押しかけて変な話して・・・。俺・・・帰るよ。悪いけど、服と傘・・・
貸して・・・」
それを聞いた瞬間スイッチが入ったように俺はほとんど衝動的に動いていた。
浅見の腕を力任せに掴んでこちらに向かせ、浅見に驚く間も与えず噛み付くように口付け
た。
唇を押し付けるだけのそれをそっと離すと、浅見の目は大きく見開かれ困惑に揺れていた。
腕をまわすとその体は小さく震えだした。
「なお・・と・・・?」
唇を戦慄かせて、その動きだけで俺の名を呼ぶ浅見。
どうして気付いてしまったんだ。
俺への感情の正体にお前が気付きさえしなければ、俺は・・・俺たちはこのままでいられ
たのに。
いつのまにか自分の中に根を張っていたこの想いを、俺はずっと無視していられたのに。
もう後戻りは出来ない。
お前が悪いんだ。
何もかも全部お前のせいだ!
「悪いがな」
耳元で囁くと浅見の体がびくりと強張った。
「傘は一本しかなくてな。服も・・・この雨で替えが底をつきかけてるんだ。だから・・・」
逃がさないように抱きしめる腕に力を込めて、真っ直ぐに浅見の目を見つめて唇を近づけ
る。
「持って行かれると・・・困るんだよ・・・浅見」
唇が触れ合う寸前でそう宣告して、そのまま唇を塞いだ。
今度は触れるだけじゃなく、もっと深く。
後ろ髪を掴んで無理矢理開かせた口内に舌を差し入れ、思うさま口腔を貪って、奥で怯え
る舌を引きずり出して音を立てて吸い上げた。
「んぅ・・・ふ・・・ん・・・っ」
角度を変えるたびに浅見が苦しげな声を上げる。
俺の体を押しのけるように肩口で突っ張っていた手がいつしか力を失い、躊躇いがちに俺
のシャツを掴んだ。
それを合図に、俺はほとんど全裸の浅見を引きずるようにして敷きっぱなしだった薄い布
団の上に投げ出し、着ていたシャツを脱ぎ捨て浅見に覆い被さっていった。
腕をとって押さえつけながら性急に喉元に唇を這わせた瞬間、浅見はきつく目を閉じたま
ま言った。
「や・・・こんな・・・どうして・・・?」
震えるその声を俺は聞こえない振りをして無視した。
男を抱いたことなどない。
俺は聞きかじった俗な知識をおぼろげに思い出しつつ、ただがむしゃらに浅見の肌を撫で
回し、吸い上げ、男なら誰でも感じる部分を責め立てて半ば強引に感じさせ・・・。
俺は昂ぶる心と体の赴くままに浅見を抱いた。



目が覚めると浅見はいなかった。
腕の中にぬくもりはもうとうになく、部屋の中にも気配はなかった。
外はまだ雨が降り続いている。
帰ったのだろうか・・・?
あんな状態で・・・?
かなり無茶をしたセックスだった。
何もかもが力づくだった。
お互いに上り詰め熱を吐き出したことだけは確かだが、浅見は最後には気絶してしまって
いた。

『どうして・・・?』

たった一度だけ浅見が口にした拒絶にも似た言葉が耳に甦る。
レイプ・・・したんだろうか俺は。
そんなはずはない。
現に浅見はその後は一切行為を拒まなかった。
背中に感じる爪跡のじくじくとした痛みは抱き合った確かな証拠だろう。
けれど事実浅見はいない。
真っ直ぐ家に帰ったとは思えない。
どこにも行けずに駅あたりをウロウロしているかもしれない。
泣いて・・・いるかもしれない。
鏡越しに見た浅見の思いつめた苦しげな表情がフラッシュバックして、俺は手早く衣服を
身に着け部屋を飛び出した。
否。
飛び出そうとした。
勢いよく開いたドアの向こうに浅見が驚いた様子で立っていた。
どうやら浅見もドアに手を掛けようとしていたところだったらしい。
「あ・・・。お、おはよ直人」
俺を見て一瞬頬に朱を刷いて浅見はぎこちなく笑った。
見覚えのある俺の嫌いな顔だ。
本心を隠す為に無理矢理貼り付けた仮面の笑顔。
そして俺から目をそらすと、俺の脇をすり抜けて部屋に入っていった。
「お腹すかない?俺腹減っちゃってさ。何か作ろうかと思ったんだけど直人ってば冷蔵庫
何もないんだもん。コンビニでお弁当買ってきたからさ。食べよ?」
コンビニ袋から弁当を取り出しながら饒舌によく喋る。
本人は普段と変わらないつもりだろうが明らかに不自然だった。
一度も俺を見ようとしない。
「浅見」
「雨やまないねぇ。あ、そうだ!直人洗濯物随分溜まってるんでしょ?後で一緒にコイン
ランドリー行こうね」
「浅見!」
呼びかけても無視して喋り続ける浅見に業を煮やして思わず怒鳴った。
すると浅見はやっと口を閉じ、忙しなく動かしていた手も止めた。
「・・・何?」
さっきまでの明るさは何処かに消え失せ、何かを覚悟したように声が強張っていた。
「こっちを向け浅見」
そう言うと、浅見はゆっくりと俺に向き直ったが、相変わらず目線はそらしたままだ。
「・・・俺に何か言うことがあるだろう」
一瞬伏せられていた顔が上がったがすぐにまた下を向く。
足元に視線をさ迷わせた後、浅見はまた笑顔の仮面を貼り付け苦笑して言った。
「ああ、うん・・・。ごめんね?その・・・色々迷惑掛けて・・・」
「違う」
「えっ・・・と、ああそうだ。コンビニ行くのに服と傘、勝手に借りちゃった・・・」
「そうじゃない」
「じゃあ何?俺まだ他に何か直人に謝らなきゃいけないことした?」
「浅見」
頑なに逃げを打つ浅見に無意識に声が苛立ち、それが伝わったのか浅見の笑顔の仮面は脆
くも崩れ落ちた。
替わりに今にも泣き出しそうな表情が顔を出す。
しかしここで引くわけにはいかなかった。
「・・・なかったことにしたいのか」
核心をつく俺の問いに浅見の肩が大きく揺れる。
「後悔してるのか」
構わず畳み掛ける俺の言葉に弾かれたように浅見が顔を上げた。
「・・・っ!後悔なんて・・・っ!それは直人が・・・直人の方こそ・・・」
そこまで言って浅見は唇を噛んだ。
そんなことだろうとは思ったがな。
お前、俺が一時の同情でお前を抱いたと思ってるんだろう?
マイナス思考なお前の考えそうなことだ。
同情なんて陳腐な気持ちで出来ることと出来ないことの区別もつかないのか。
バカな奴・・・。
俺は・・・もっとバカだがな・・・。
「俺は後悔なんてしてない。なかったことにする気もない」
きっぱりと俺がそう言うと、浅見は信じられないものを見るように俺を見つめた。
潤んだ目からは今にも涙がこぼれ落ちそうだ。
「浅見・・・俺に言うことがあるだろう?」
その目を見つめたままもう一度問い掛けると、目はそらさないまま浅見は小さく首を横に
振った。
「だめ・・・だよ。言えない・・・言えないよ・・・。だって・・・直人が困るもの・・・」
この期に及んで・・・今さらだと思わないのか?
今そんな風に曖昧にされる方が困るんだよ。
俺はもう・・・覚悟を決めたのだから。
俺はそんな浅見を無言のまま抱き寄せた。
髪を撫でせいぜい優しくしてやって浅見に言葉を促す。
表情は見えないが、密着した体からは動揺が手に取るように分かる。
やがて涙声で浅見は言った。
「いい・・・の?言っても・・・いいの?」
答えるかわりに一層強く抱き締めてやると、堰を切ったように浅見は泣きじゃくり俺に縋
りついた。
「・・・き。好きだ・・・!きっと・・・初めて会った時からずっと・・・。俺・・・俺・・・ずっと直人の
ことが好きだった・・・っ!!」
俺は分かっていて敢えて言わせた浅見のその告白を満足感と絶望感を同時に感じながら、
耳に、心に焼き付けた。



運命を決める選択が誰の人生にも一生に一度必ずあるとすれば
俺にとってこの雨の一夜が間違いなくそうで

そして
俺は選んだ。

浅見竜也を
愛して、望んで・・・・・・破滅する。

そんな運命を






「You are My Sunshine」を書いた辺りから
実はずっと描き掛けだったんですが
このほどやっと日の目を見ることが出来ました。
学生時代の二人の心情として
「You are 〜」が竜也編とするなら
こちらは直人編とでもいいましょうか・・・。
一応他のSSとの折り合いも考えながら書いたつもりです。
シリアスは苦手で何だかこっ恥ずかしいですが
学生時代の直人の複雑(であったと思われる)な胸の内が
少しでも描けていればいいなあと思います。(希望)


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