| You Are My Sunshine |
太陽が欲しかった。 「浅見」という巨大な雲に覆われた俺の毎日に光を注いでくれる。 俺自身を照らし出してくれる。 そんな俺だけの太陽が。 それは大学の入学式当日のこと。 親父との賭けに負けた俺は、親父の命令に従って親父の勧める大学に入学した。 親父が勧めただけあって、様々な企業や有力者の子息、子女が集まっている大学だ。 そんな中で、「浅見」の名を持つ俺がどんな風に見られるかなんて。 分かっていたけど・・・吐き気がしそうだった。 門をくぐった瞬間から集まる視線。囁かれる声。 遠巻きに値踏みするようなそれらに、こんな中でこれから4年間も過ごすことを思って眩 暈がした。 俺の唯一の救いは空手を続けられることだけだった。 入学式が終わって、社交辞令に集まってくる連中や数々の部活の勧誘に目もくれず、俺は 空手部に入部届けを出しに行った。 そこで・・・俺は出会ったんだ。 「滝沢・・・直人・・・?」 隣で同じ様に入部届けを書いていた人の用紙が目に入って、聞き覚えのある名前に思わず 声に出して呟いた。 そして不審そうに向けられた顔に俺はその人物をはっきりと思い出した。 「滝沢直人!俺、浅見竜也だよ。ほら、インターハイの決勝で!」 一気に捲くし立てると、彼は一言、 「ああ・・・」 と呟いてさっさと席を立って行ってしまった。 「え?あ、ちょ、ちょっと待ってよ!」 まさかこんなところで再会するとは思わなくて、俺は慌てて彼を追いかけた。 すぐに追いついて横に並んだはいいものの・・・どうしよう。気まずい。 さっきからなんか俺無視されてるっぽいし。 ええい、当たって砕けろ! 「あ、あの・・・さ。俺のコト覚えてない?」 「名前だけはおぼろげに・・・な。そんなツラだったんだな」 意を決して掛けた言葉に返事をしてくれたのは嬉しいけど・・・キッツイな〜。 ま、負けるもんか! 「た、滝沢君もこの大学だなんてすごい偶然だね」 「・・・・・・・・・・」 「大学でも空手やるんだよね。俺も続けるんだ」 「・・・・・・・・・・」 「講義とかも一緒になることあるかもしれないし、これからよろしくね滝沢君」 「・・・・・・・・おい」 あ、しまった。調子に乗りすぎた・・・? 俺、ほとんどぢ初対面の人に何やってるんだろ。 だって違うんだ。 彼の俺を見る目が他の奴らとは。 他の連中が俺に向ける視線には、良かれ悪しかれ「浅見」に対する感情が見え隠れする。 でも彼の目にはそれがない。 だからといって決して好意的なわけじゃない。 むしろどうでもいい存在を見る目。 いつもいつも。どれだけ俺が忘れたくても、周囲の目が、俺が「浅見」であることを忘れ させてくれなかった。 それなのに、彼の前では俺はただそこにいる人間なんだ。 不思議な感覚だった。 たとえその視線に一切の感情が込められていなくても、媚びや虚飾にまみれた視線を向け られるよりよっぽどほっとした。 だからついつい追いかけて、馴れ馴れしくも話し掛けてしまったんだけど。 彼は気分を害したようだ。 俺は自分の失敗に肩を落とした。 「『君』はやめろ。柄じゃないし、気色悪い」 「え?」 てっきり怒ったと思っていたのに・・・。 掛けられた言葉を図りかねてきょとんとしている俺に彼はさらに言った。 「お前今からヒマか?」 「え!?」 ますます分からない。怒っては・・・いないのかな? 何となく顔色を窺いつつ俺はこくんと頷いた。 「そうか。少し身体を動かしたいんだが・・・付き合わないか?」 「ええ!?」 思ってもみない申し出にびっくりすると、今度こそ彼は顔を歪ませた。 「何だ?嫌なら別にいい」 「あ!ま、待って、行く!うん、俺もやりたい!!え、え〜と・・・」 どうしよう。 敬称つけるなって言われたけど、俺他人を呼び捨てにしたことってないんだよな。 「滝沢だ。浅見」 聞いた瞬間心臓が大きく跳ねた。 嫌悪してやまない「浅見」の名前。 どうして・・・だろう。響きが違う。 いやじゃ・・・ない。 戸惑う俺を他所に、滝沢はそのまま歩き出した。 「あ、待てよ!た・・・滝沢!」 少なからず緊張しつつ声にして呼んだ彼の名前の響きに、俺は胸が温かくなるのを感じて いた。 そうして始まった大学生活。 俺はひたすら滝沢を追いかけた。 もともと人付き合いが苦手らしい滝沢は、鬱陶しそうな顔をして俺の話にほとんど返事も 返してくれないけど、俺がまとわりつくことをはっきり拒絶もしない。 俺はあえてそれを都合よく解釈していた。 この望まざる空間の中で彼の隣だけが俺の安息の場所だったから。 何より・・・俺が側にいたかったから。 俺が「浅見」だということを滝沢はとっくに知ってるはずだった。 なのに彼の俺を見る目は変わらない。 相変わらず彼にとって俺はどうでもいい存在のようで。 始めはそれこそが心地良くてそれでいいと思ってたのに、側にいるにつれて段々俺は、彼 に俺自身を見て欲しいと思うようになっていった。 否。 俺は期待したんだ。 初めて出会った、俺の中に「浅見」を見ない人間に、もしかしたら「竜也」という個を認 めてもらえるかもしれないということを。 全くもってあつかましい話だと思う。 こんなこと滝沢には全然関係ない。 むしろいい迷惑だろう。 でも・・・それでも・・・。 俺は期待せずにはいられなかった。 そんなある日のこと。 その日練習が終わった後、俺は何となくもう少し身体を動かしたくて、他の部員よりも遅 く上がった。 「なぁなんかムカつかねぇ?」 不意に聞こえてきた会話に、更衣室のドアに伸ばした手が止まった。 「は?何のこと?」 「あいつだよ。浅見竜也」 「ああ・・・」 「ったくよぉ。浅見財閥のお坊ちゃまが何でこんな空手部なんかに入ってんだよなぁ」 「同感同感。金持ちの道楽なら勘弁して欲しいよな。俺らスポーツ特待生は必死だっての によ」 「なんか先輩達も扱い困ってんじゃん。あからさまに贔屓してる先輩もいるしさぁ、マジ ムカつくよな」 「今度よぉ、一回きっちりシメとかねぇ?」 ああまたか。 幼い頃から何度となく繰り返し遭遇してきた場面。 どうしてこう俺はいつもいつもご丁寧に立ち聞いてしまう羽目になるんだろう。 いいさ、言わせておけばいい。 誰が何と言おうと俺は真剣に空手に打ち込んでる。 でも・・・。 そう思えば思うほど悔しさが込み上げる。 どれほど努力しても「浅見だから」とか「浅見のクセに」とか、そういう見方しかしても らえないことに。 「なあ。お前もそう思わねぇか?滝沢」 え・・・? 滝沢が・・・いる!? 心臓が跳ね上がった。 滝沢が俺をどう思っているのか。 聞きたい気持ちと聞きたくない気持ちが俺の中でせめぎ合って、俺はその場から動けなか った。 「・・・あいつは本当にあの浅見グループの御曹司なのか?」 緊張しきっていた俺の耳にどこか的外れな彼の言葉が響いて、俺は毒気を抜かれた。 「はぁ!?お前今さら何言ってんの!?ホンモノに決まってんだろ。天然ボケかますなよ 〜」 「別に興味ないからな。それにしてもあの脳天気なのがな・・・。あれが後継じゃ日本有 数の大財閥も今の代で終わりだな」 滝沢ほんとに知らなかったんだ。 ていうか疑ってたんだ。 脳天気・・・俺そんな風に見られてたのか。 それになんかひどいこと言われてるよーな・・・。 「わはははは、違いねぇや!なかなか言うじゃねぇか滝沢。お前なんか懐かれてっからて っきりシンパかと思ったぜ」 「勝手にまとわりついてきてるだけだ」 「ふ〜ん。ならどうだ。お前ものらねぇか?いっぺんきっちりシメちまおうって話・・・」 体温が一気に下がる。 背筋に冷たい汗が流れた。 ダメだ。 聞きたくない。 彼の口から賛同するような言葉を聞いたら、俺はきっと立ち直れない。 俺が一歩後ずさったその時だった。 「遠慮する。それにやめといた方がいい」 ぴしゃりと言い切った滝沢の言葉に部室内の空気が変わった。 俺は思わず耳を澄ました。 「ああ?何だと?」 「この人数じゃあ束になっても敵わないだろうよ」 「な・・・っ」 「忘れたのか?あいつはインターハイの準優勝者だぜ」 「分からねぇぜ?父親が我が子可愛さに裏から手ぇ回したかもしれないじゃねーか。浅見 の力があればそれくらい・・・」 「その時の決勝の相手は俺だ。だから言える。あいつの強さはホンモノだ」 部室内が静まり返った。 俺は・・・どくんどくんと高鳴る心臓の音を他人のもののように聞きながら、滝沢の声に、 言葉に、全神経を集中した。 「『浅見の力』ってのがどれほどのもんか知らんがな。ことから手に関しちゃそいつは関係 ない。積み上げた強さはあいつのものだ。紛れもないあいつ自身の力だ」 目の前がかすんだ。 熱いものが込み上げてくる。 ずっと・・・ずっと欲しかった言葉だった。 それを。 初めて滝沢が・・・彼だけが・・・言ってくれた。 感動に浸りきっていた俺の前で唐突に部室のドアが開かれ、俺は現実に引き戻された。 「浅見・・・」 「あ・・・」 帰り支度を整えた滝沢の肩越しに、他の部員達が血相変えて慌てふためくのが見えた。 「・・・チッ」 滝沢は小さく舌打ちして「ちょっと来い」と俺に耳打ちすると、腕を引きずるようにして 俺を道場の裏まで連れてきた。 「陰口叩かれて泣くなんて幾つだお前は。そんなだからあんな風に言われるんだぞ」 呆れたような滝沢の口調に思わず頬が熱くなった。 「ち、違うよ!これは・・・その・・・」 ムキになって反論しようとしたけど、まさか「滝沢の言葉が嬉しかったから」などとは言 えず、結局歯切れ悪く押し黙ってしまった。 そんな俺に滝沢はまたひとつ溜息をついた。 「まぁいい。いい機会だからひとつ言っておきたいことがある」 滝沢の真剣な口調に俺は居住まいを正す。 「あの時の決勝・・・俺は勝ったとは思ってない。あれはお前の自滅だった」 それは・・・。 確かに俺は自由を目前にして浮き足立って集中力を欠いてた。 でも滝沢も・・・ホントに強くて。 「毎日組み手してて確信した。本気のお前はあんなもんじゃない。ここで会えたのはラッ キーだった。見てろ。早いうちにきっちり決着をつけてやる」 そう言って、俺の胸に人差し指を押し当てて挑戦的に笑った滝沢の目には、「浅見」でもな く「ただそこにいる人間」でもない「竜也」が映っていた。 「話はそれだけだ。妙な遠慮してねぇでさっさと着替えちまえよ」 そう言い残して背を向けて去っていく滝沢の背中を、俺は見えなくなるまで見つめ続けた。 そして滝沢がいなくなった後も、一人そこで立ちすくんでいた。 その時の俺の耳には滝沢の言葉だけが響いていて。 俺の目には滝沢の顔とその目に映った自分が焼きついていて。 他には何も見えなくて聞こえなくて。 たまらなく胸が熱くて。 俺は一歩も動けなかった。 翌日。 俺はある決意を胸に登校した。 門の前で立ち止まり、小さく深呼吸して一歩を踏み出す。 そして俺は、一限目同じ講義を受講するはずの彼の姿を探した。 程なくして講義棟に向かう人の中に彼の後姿を見つけた。 ちゃんと声が届く距離まであと三歩・・・二歩・・・一歩・・・。 「直人ぉ!!」 叫んだ俺の声に関係ない人たちまで数人振り返る。 もちろん彼も・・・立ち止まって振り返った。 そのまま目を丸くして俺を凝視してる。 びっくりしたかな。 昨日まで名字だったのが何の前触れもなく名前だもんな。 でも、そう呼びたかった。 呼び捨てにしていいって言ってたよね。 うあ、でもいきなりはまずかったかな。 俺もう目の前まで来てるのに無言って・・・。 怒らせちゃった・・・? 「・・・何だ」 「え?」 「呼んだだろう」 「え?あ、ああ・・・」 「?俺じゃないのか?」 「え!?ううん!そう!直人だよ。直人のこと・・・呼んだんだよ」 「で、何だ」 「あ、うん。おはよう」 「それだけ・・・か?」 「・・・うん」 俺がそう言うと、なおとはしかめっ面のまま小さく溜息をついて歩き出した。 「そんなことぐらいででかい声で人の名前を呼ぶな。恥ずかしいだろ」 「うん。ごめん」 俺は後をついて歩いた。 「直人」 「何だ」 「・・・直人」 「だから何だ」 「何でもないよ〜ん♪」 「・・・バカだろうお前」 不思議だ。 こんなやり取りが嬉しくて楽しい。 「直人」って名前を口にするだけで心があったかくなる。 やっぱりそうだ。 直人がそうなんだ。 ずっと探してた俺の太陽。 俺自身を照らしてくる俺だけの太陽。 やっと――――――――――見つけた。 |
テーマ曲はドリカムの「うれしい!楽しい!大好き!」でお願いします。
つーか、乙女過ぎるぞ御曹司!
直竜って不思議なもので
どっちかの視点から書くともう一方からの視点も書きたくなるんですが
直人サイドを書くとシリアスに暗くなっちゃうんですよね。
1回別れてる事実がありますからねこの二人は。
ああ、その辺の話も書きたい〜・・・。