君がいるだけで



ある日取引先の商談相手から言われた言葉に竜也は耳を疑った。
「いやあ、実際お会いしてみると浅見さんって年齢より幾分お若く見えるというかそ
の・・・何だか可愛らしい方ですね〜」
相手は電話では何度もやり取りしていたものの会うのは初めてで、目上とはいえさほど歳
も離れておらず、気さくな人柄から話し込むうちにすっかり打ち解けて何気なく口にした
のであろうが竜也には衝撃だった。
そしてそれを気にしだしてからというもの、そこかしこで自分に対してその言葉が使われ
ていることに気付いてしまった。
「浅見さんって何か年上だとは思えないよなー。でかくてゴツイのに変に可愛いっていう
かさー」
あるときは新入社員の部下。
「浅見さんって〜。母性本能くすぐられるっていうか〜。もう超可愛くないですか〜?」
果ては事務の女の子。
竜也は打ちひしがれた。
『可愛い』
身長180cm超。もうすぐ20代も折り返し地点に差しかかろうかという成人男子に使
われるべき形容詞では断じてない。(と思われる)
まして竜也は仕事に際しては『浅見』の名に負けぬよう厳しく自分を律して毅然とした態
度を心掛けているつもりだった。
それが『可愛い』とはどういうことか。
それはつまり自分には威厳がない・・・ひいてはなめられているということではないのか
と、竜也はここ最近密かに頭を悩ませていた。
今もまた、竜也は洗面台の鏡を見つめて深い溜息をついた。
背は高いし、体つきもいい方だと思う。
顔だって、多少童顔かとは思うもののどちらかというと厳つい感じで『可愛い』と言われ
るような要素は(自分では)どこにも感じられない。
一体自分の何が皆にそう言わしめているんだろう。
「人んちの洗面所でさっきから何を百面相してるんだ」
「わっ!」
ここが直人の家だということも忘れて鏡の前で様々な表情を作ってみたりしていたところ
におもむろに声を掛けられ、竜也は思わず飛び上がった。
「何やってんだお前は」
直人に呆れたように言われて気まずさに赤面しつつも、竜也は直人に縋るような目を向け
た。
「直人ぉ・・・」
「?」
そして竜也から悩みを打ち明けられた直人は・・・一瞬の沈黙の後爆笑した。
「な・・・な・・・」
そのあんまりなリアクションを前に言葉を失う竜也を尻目に直人は腹を抱えて笑い続けた。
例え他人から見てどんなに些細な悩みであろうと本人が真剣である以上そんな直人の態度
は無礼極まりなく、とうとう竜也もキレた。
「ひどいよ直人っ!!笑うなんて!!」
「はは・・・っ!な、何を一人で悶々としてるかと思えば・・・っくく・・・ふ・・・はははははっ!!」
「何だよ・・・。もういいよ!直人のバカ!!」
憤りも露わにその場を離れようとした竜也の腕を直人は掴んで引き寄せた。
「何すんだよ!離せよ!!」
「ああ・・・すまんすまん。笑ったりして悪かった。お前があんまり可愛いこと言うんで
つい・・・な」
背中から抱き込んでくる直人の腕の中でジタバタと暴れていた竜也はその言葉にシュンと
大人しくなった。
「直人まで・・・。それって何?子供っぽいってこと?俺ってそんなに頼りなさそうに見える?」
直人の言う『可愛い』はまた全く意味が違う。
かといって会社の人間が竜也に対してそう言うのも、竜也が思っているようなことではも
ちろんない。
分かってはいるもののそれをどう言えばいいのか、とっさに上手い言葉が見つからず直人
は押し黙った。
「はぁ・・・。やっぱ俺・・・管理職には向いてないのかな・・・」
直人が何も言わないことで余計に落ち込んだのか、いささか飛躍しすぎた考えに陥ってい
る竜也の呟きに直人は苦笑した。
「別に悪意があるわけじゃなし。そんなに気にすることでもないと思うがな」
「それはそうだけど・・・。でもやっぱり頼りなく思われてるっていうのは・・・」
「それも違うと思うが・・・。まぁ、どうしても気になるっていうなら雰囲気を変えてみ
るのも一つの手ではあるかもな」
「え?」
「例えばだ」
そう言うと、直人は洗面台の蛇口を捻って手の平を心持ち濡らすとおもむろに竜也の前髪
を後ろへと撫でつけ始めた。
「うわっ!?な、直人何・・・っ!?」
「いいから大人しくしてろ」
突然の行為に驚いて飛び上がる竜也をぴしゃりと制して直人は黙々と手を動かし、竜也の
前髪を全てピッタリと後ろへまとめてしまった。
「どうだ?気休めだが、大抵の奴は前髪を上げると老けて見えてそれなりに落ち着いて見
えるもんだぞ」
「直人・・・面白がってない?」
「そんなことはない」
じとっと疑いの眼を向ける竜也にきっぱりと直人は断言する。
そして鏡を見るよう促され、竜也は渋々鏡を覗き込んだ。
その瞬間竜也は硬直した。
鏡の中の見覚えのあるその顔に心臓が跳ね上がった。
目をそらせないまま、心拍数が上がっていく心臓の音だけがやけに大きく耳に響いてこめ
かみに冷たい汗が流れた。
「どうした?」
鏡を見た途端様子が一変した竜也をいぶかしんで直人が声を掛けると、竜也は絞り出すよ
うに声を出した。
「この顔・・・知ってる・・・」
「当然だろう。髪形を変えたところで顔自体が変わるわけじゃない」
「違う。俺・・・会ったことがあるんだ。俺と同じ顔をした・・・でも俺じゃない人に」
そう言って竜也は鏡を見つめたまま、吸い寄せられるように指先を伸ばした。
そして独り言のように呟き続けた。
「ユウリ達と同じ未来人で・・・タイムレンジャーの本当の隊長で・・・リーダーだった人で・・・」
「浅見?」
「あの人・・・」
竜也は思い出していた。
竜也と同じ顔をした未来人―リュウヤと相対した時のことを。
一瞬、それこそ鏡を見ているのかと錯覚するほどに酷似した外見とは裏腹に、その内面は
全く非なる存在であることは目を見た瞬間に分かった。
圧倒的な威圧感。
タイムレンジャーの隊長として、人の上に立ち導く立場にある者としての威厳が確かにそ
こにはあった。
しかしそれ以上に竜也が戦慄を覚えたのはリュウヤの冷たい目の色だった。
昏く底冷えのする、凍てついた氷のような目。
それは己以外を信じず、目的の為には手段を選ばない孤独で冷酷な支配者の目だった。
それを思いだした瞬間、鏡の向こうからリュウヤにその視線で射抜かれたような気がして、
竜也の背筋にぞくりと悪寒が走った。
『可愛い』などと言われ、頼りなく思われるのは本意じゃない。
甘く見られるわけにはいかない。
だがしかし。
「い・・・やだ」
「浅見?」
竜也は鏡を見据えたまま、弱々しく頭を振り小さく震えながら呟いた。
「いや・・・だ。俺は・・・なりたくない。あんな・・・あんな目をした人間には・・・。
嫌だ・・・俺・・・俺は・・・っ!」
「浅見っ!!」
次第に語尾を荒げ怯えるように恐慌をきたす竜也の両肩を、直人は強く掴んで揺さぶりき
つく両腕で抱きすくめた。
「落ち着け・・・浅見・・・」
大人しく腕におさまったものの未だに小刻みに震え続ける竜也の耳元に直人は囁いた。
「どうしたんだ?何をそんなに不安がってる」
「直人・・・直人・・・!」
そんな直人に竜也は縋りついた。
「あの人・・・リュウヤって人・・・すごく冷たい目をした人だった。目の前に立ってる
だけですごいプレッシャーを感じた。でも違うんだ!俺が欲しいのはあんなものじゃな
い!!あんな風になりたいわけじゃないんだ!!」
竜也の慟哭から、おぼろげにリュウヤなる人物の人となりを直人は理解した。
それは恐らくは昔の自分に似ている。
他人を信じず、権力のみが絶対の強さだと思っていた頃の自分と。
直人は自嘲気味に笑った。
滑稽だと思った。
そんな力が如何に脆くて、それを追い求め上り詰めることのむなしさを自分に気付かせ
てくれたのは他ならぬ竜也だというのに。
当の本人は、自分がそうなる可能性を姿形が似ているだけの見知らぬ人間に見出し不安に
震えている。
直人はあやすように竜也の背中を軽く叩きながら言った。
「大丈夫だ・・・浅見・・・」
「なお・・・と・・・」
「お前は大丈夫だ」
「なおと・・・?」
恐る恐る竜也が顔を上げると、真っ直ぐに自分を見据える直人の真剣な眼差しと目が合っ
た。
「浅見。俺はそのリュウヤって奴がどんな奴か知らない。だがいくら似ていようとそれは
お前じゃない。お前はお前だ」
直人は竜也を見つめたままそっと手を髪に添え、後ろに流していた前髪を梳いて額へと落
とした。
「なりたくないならならなくていい。それにきっとお前にはそんな力は必要ない」
「必要・・・ないのかな。だって今の俺は・・・頼りなく見られてて・・・皆からなめられてて・・・」
「本気でそう思っているのか?」
竜也がそう口にした瞬間、直人の口調が変わった。
続けざま頬を両手で挟まれ正面から睨みつけられて、その低い声音と凶暴な視線に竜也は
ビクリと身を竦ませた。
怒ったように思われた直人は、竜也のその様子に一転して苦笑した。
「まったく・・・。落ち込むとすぐにそうやってマイナス思考のどツボに嵌まるのは昔か
らのお前の悪い癖だな」
「え・・・」
「まぁ確かに大の男が『可愛い』なんて言われるのは不本意だろうが・・・どうしてそう
やって悪い方にばかりとるんだ?純粋に好意だと何故思わない?」
「そ、それは・・・」
「周囲から慕われるってのは身に付けようと思って身につくもんじゃない。それは上に立
つ人間にとって重要な資質だと俺は思うがな。逆に言えば威厳や頼りがいなんてもんは修
羅場をくぐり抜ければその分後からいくらでもついてくるもんだ」
「直人・・・」
「間違えるな浅見。他人がどう思うかじゃない。大事なのは、お前自身が胸をはれる自分
になれるかどうかだ。それを間違えなければ、見てくれがどうでも誰もお前を軽んじたり
しない」
「・・・直人・・・っ!」
強く断言する直人に竜也の目がぱぁっと輝いた。
それを見て直人は溜息をつきながら竜也の額を軽く小突いた。
「ったく・・・。大体がくだらないことを気にし過ぎなんだ。俺に言わせりゃ周りの目を
変に気にするのもお前の悪い癖だな」
「う・・・っ!ん・・・でもそう・・・。ホントそうかもね・・・へへへ・・・」
頭を掻きながら照れ臭そうに頬を染め笑う竜也に、すっかり調子が戻ったことを確心して
直人は口端を上げて言った。
「ま、もっとも?今のお前が見るからにガキ臭くて頼りなさそうだってのは間違いじゃな
いとは思うがな?」
「な、なんだよそれ〜。それじゃまた逆戻りじゃない・・・っていうかそういえば直人さ
っき『見てくれはどうでも』って言ったろ!?どういう意味だよ〜」
「言ったか?そんなこと」
「言った!絶対言った!」
「気にするな」
「気にするよ!」
「他人の言うことなんか気にするなって言ったばかりだろうが」
「そういう問題じゃないだろ〜!?」
じゃれ合うようにそんな会話を交わしながら竜也に背を向け、先に洗面所を出ようとした
直人の腰に不意に竜也の腕が回された。
強く抱きしめ、直人の背中に顔をすり寄せる竜也を振り解くでもなく、直人は黙って立ち
止まり竜也のするに任せた。
「ありがと・・・直人・・・」
やがて竜也は小さく呟いた。
「さっき直人言ってくれただろ?『お前は大丈夫だ』って。俺・・・今はっきりと思った。
『俺は大丈夫だ』って」
直人は無言で聞いた。
そんな直人の腰に回した腕にひときわ力を込めて竜也は言った。
「直人が・・・いるから。俺には直人がいてくれるから・・・だからきっと大丈夫だって・・・思った」
「・・・言ってろ。そうそう甘やかしてなんかやらんぞ」
「・・・意地悪」
「当然だバカ」
どちらともなくくすくすと笑い合い、向かい合って軽くキスを交わして洗面所を後にする
その刹那。
竜也は鏡を見た。
そして、鏡に映ったその姿を真っ直ぐ見つめて竜也は微笑んだ。
自分に良く似たもう一人の自分に。





祝!タイムDVD化〜vvv
だからって訳じゃないですが
久しぶりにちょっと本編を絡めてみようかと・・・
思ったんですけど!
リュウヤ隊長あんまり生かせませんでした〜。(爆)
結局いつもと変わらないイチャイチャ・・・
直人、甘すぎるし・・・
隊長〜いつかきっとリベンジを〜。(笑)


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