PAPA Don't preach !
「お断り」
竜也はきっぱりと言い放った。
目の前には彼の父親と母親がテーブルを挟んで座している。
そしてテーブルの上には品のいい装丁のアルバムが一冊。
いわゆる見合い写真だった。
予想された竜也の返答に両親は揃って溜息をついた。
「いい加減にしないか竜也!一体何度目だと思っとるんだ!」
「いい加減にするのはそっちだろ!?何度言わせりゃ気が済むんだよ。俺には好きな人がいるの!ちゃんと付き合ってんの!」
お互いに身を乗り出して、テーブル越しに怒鳴りあう二人を夫人がやんわりと諌めた。
「ねえ竜也。そんなに好き合ってる人がいるならどうしてきちんと紹介してくれないの?あなたがちゃんとしてくれればこんなこと言わなくて済むのよ?」
もっともな母親の言葉に竜也は言葉を詰まらせた。
その竜也の様子に、父・渡は勝ち誇ったように鼻を鳴らすとソファに深く座り直した。
「出来るわけがないだろうな。このバカが好きだの付き合ってるだのと寝言を言ってる相手は男なんだからな」
「な・・・っ」
父が知るはずのない図星を指されて、動転した竜也は二の句が告げない。
ただ口をぱくぱくと動かす竜也に渡は畳み掛けるように言った。
「滝沢直人。そうだな?竜也」
はっきりと名前まで出されて、竜也は黙ったままだったが赤面した顔がそれを肯定していた。
「そ・・・うだよ。なんだ、分かってんじゃん親父」
やがて開き直った竜也は、はにかむような笑顔を浮かべてぼそぼそと呟いた。
己が息子の誤った感性と、もじもじと恥らう男子にあるまじき仕種に渡のこめかみに青筋が浮かぶ。
怒鳴りつけたい衝動を咳払いすることで誤魔化しつつ、渡は努めて落ち着いた口調で竜也を諭し始めた。
「いいか竜也、よく聞きなさい。お前は男で滝沢も男だ。同性なんだ。お前が滝沢という人間を好ましく思うのはお前の勝手だ。しかしだ。どれほど好意を抱こうと、どれほど親しく付き合おうと、相手が同性である以上それは友人の枠を出るものではない。然るにお前のそれは見合いを断る理由にはならんということだ。そうだろう。違うか!?」
正論である。
一般常識にのっとった異論を挟む余地のない正論に思われた。
ところが、当の竜也はしばらく思案気に視線をさまよわせた後、ぼそりと反論した。
「違うよ。俺と直人はその・・・恋人・・・だよ」
声こそ小さいものだったがはっきりと断言した竜也の言葉に、渡はこめかみを抑えて大仰に溜息をついた。
自分の息子はいつからこんな一般常識さえ判断できないようなバカになってしまったのか。
育て方を間違えただろうか。
そんな嘆きが込められていた。
それを感じ取った竜也は、意を決するとさらに付け加えた。
「だって・・・さ。友人は、キスしたり・・・セックス・・・したりしないだろ?」
「当り前だろう」
渡はこの竜也の爆弾発言を突飛な戯言として右から左へ聞き流した。
夫人は何を言われたのか思考がついていかない様子で、目を丸くしたまま竜也を見つめて微動だにしなかった。
竜也は、それ以上は言葉に出来なくて、真っ赤になったまま俯いた。
そのまま居間に沈黙が下りる。
水を打ったように静まり返る空間に、壁掛け時計の振り子が右へ左へと時を刻む規則正しい音だけが響く。
その振り子が一体何往復しただろうか。
ずっと黙ったままだった夫人が小さく呟いた。
「たきざわ・・・なおと・・・?」
「男性・・・恋人・・・?」
「キス・・・?」
「セッ・・・」
これまでの会話を反芻するようにキーワードを呟く夫人も最後の言葉は声にならず、口をその形に動かすのが精一杯だった。
母のその様子に竜也は居たたまれない心境でさらに身を縮めた。
渡はと言うと、先ほど聞き流した言葉がよもや事実だとは思いたくなくて、「まさか・・・まさか・・・」と心の中で呟きつつ汗ばんでくる拳を握り締めた。
「竜也あなた・・・。その、滝沢さん・・・と、そういうご関係がおありなの?」
声も口調もはっきりしたものだったが、ビッミョ〜に日本語がおかしい辺り、夫人の動揺を物語っていると言えよう。
握り締めた拳を傍目にも分かるほどぶるぶると震わせる渡の目に、母の問いに無言で頷く竜也の姿が映った。
「神田ぁ!!神田はいるか!?」
その瞬間渡は勢いよく立ち上がると大声で執事を呼びつけた。
ただ事ではない様子に大慌てで居間に飛び込んできた執事に渡はさらに怒鳴った。
「滝沢直人という男の所在を調べろ!今すぐに!車の用意もだ!!」
「お、親父!?」
突然の渡の剣幕に竜也は先ほどまで紅潮していた顔から一転して一気に青褪め狼狽した。
「ちょっと親父、どうしたんだよイキナリ!一体何するつもりだよ!?」
「何をだと!?あの男断じて許さん!!即刻この私の手で手打ちにしてくれるわ!!」
どこから持ち出したのか、いきり立つ渡の手にはいつのまにか日本刀が握られている。
剣道の有段者である父がこういうものを持ち出すのは、本気でキレている時だということを経験上知っている竜也は、思わず渡の肩を押さえ込んだ。
「手打ちって今時・・・じゃなくて落ち着けよ親父!!」
「これが落ち着いていられるか!!あの男・・・私に後ろ足で砂をかけるようなマネをしたばかりかお前を・・・、浅見家の長男を・・・、浅見グループの跡取りを!き・・・キズモノにしおって!!」
「キズモノぉ!?何だよそれ!!俺はなぁ、ちゃんと愛されて直人に抱かれ・・・」
「ええい言うな大馬鹿者!!」
竜也と渡の不毛な言い争いを他所に、夫人はフラフラと立ち上がると家政婦を呼んだ。
「政恵さん政恵さん。今日はお赤飯を炊いてちょうだい」
「か、母さん!?」
「おい!お前まで何をわけの分からんことを言っとるんだ!!」
意味不明な夫人の言動に二人は口をそろえて突っ込む。
「だって竜也が『男』になったんですもの。ちゃんとお祝いしなきゃ。あら、でもちょっと違うのかしら?ねぇ?」
ニッコリと微笑む母の目が虚ろな状態にあることに気付いた竜也は肩を掴んで揺さぶった。
「お、男にって・・・///ちょっと母さんしっかりしてよ!」
間違いだらけの母と子のやり取りに、渡の怒りのボルテージはMAXに達した。
「ぬおお、どいつもこいつも・・・っ!認めん・・・絶っっっ対に認めんぞぉぉぉぉぉ!!」
「・・・ってことが昨日あってさ。もうホントまいっちゃった」
言いながら、竜也は昨日の修羅場を思い出しほうっと溜息をついた。
話の相手は無論、彼が言うところの恋人・滝沢直人。
竜也がロードワーク中に直人の勤めるペットショップに立ち寄るのは最早日課である。
そして、直人が仕事中であろうとなかろうと勝手に色々喋っては帰っていく。
毎日毎日聞かされる話題は取り留めのないものばかりだったが、今日の話題は直人にとっ
て最高最悪に強烈だった。
普段はどうでもいいような内容ばかりなので、竜也の話にろくに相槌も返さない直人だったが、今日は返したくても返せなかった。
直人は話の途中から固まったまま、魂を飛ばしていた。
「ほんと親父にも困ったもんだよね。今度さ、直人からもちゃんと言ってやってよ」
困ったもんなのはお前の浅はかな脳みそだ。
ちゃんとって俺に何を言えって言うんだ。
直人は魂を飛ばしつつ頭の隅っこでそう思った。
「あ、俺もう行かなくちゃ。じゃあね直人♪」
返事が返らないのはいつものことなので、竜也は無反応な直人にをさして気にも留めず去っていった。
「あ・・・あの、滝沢君・・・?」
しばらく椅子に腰掛けたまま放心状態の直人に店長が恐る恐る声をかけた。
「あのね・・・君にお客さんなんだけど・・・」
言われて虚ろに振り向き、店の外に視線を向けた直人の視界には、小さな店の佇まいには不似合いな黒塗りのベンツ停められているのが映ったのであった。
あわれ滝沢の運命やいかに!
以下次号!!
(嘘ですゴメンなさい)
なんなんでしょうこれは。
じつわ「キズモノ」って台詞を書きたかっただけだったり。(爆)
本編ラストに出てきたニセモノ直人つかっちゃった♪
執事さんと家政婦さん、捏造しちゃった♪
やりたい放題だな私・・・。