flower・2



「・・・・・・・・・・」
また一人、近隣の部屋の住人であろう人間が無言で俺に不審気な目を向けて去って行った。
不躾なその視線ははっきり言って不快だが、俺自身気持ちは分からないでもないので仕方
がない。
こんなでかい目つきの悪い男が、よりによって黒尽くめの格好で花束抱えて何時間も同じ
部屋のドアの前に突っ立ってりゃあ誰だって不審に思うだろう。
この部屋の主が一人暮らしの男だと知ってる人間ならなおさらだ。
まったく・・・。
自分の誕生日だってのにこの部屋の主はいつになったら帰ってくるんだ?
しょっちゅう仕事帰りにウチに押しかけて来たり、毎夜の如く電話をかけてきたりするこ
とを考えても、こんなにも帰りが遅いのはたまたま今日に限ったことなんだろうが・・・。
これが俺の誕生日とかだったら無理矢理にでも予定を空けるなり早く帰るなりするくせに
自分のことには無頓着な奴だ。
まぁ、確かに何の約束もしてはいないしな。
こういう日に俺の方から何かしてやったことなんてほとんど皆無だから・・・。
だからきっと俺が今日ここにこうしていることなんてあいつは夢にも思っていないだろう。
身勝手な話だが、そう思われているだろうことが妙に癪に触った。
そしてどうせなら驚かせてやろうなんて柄にもないことを思いついて、俺は仕事帰りに花
を買った。
白いバラの花束。
男に花もどうかと思わないでもなかったが、この行為自体が思いつきだったものだから俺
にはすぐにこれといったプレゼントが思い浮かばなかった。
そして花束にする花といったらバラしか思いつかなくて、さりとて赤やらピンクはあまり
にも恥ずかしすぎるので白を選んだ。
しかし花束というものは実際手にしてみると色や種類なんてたいした問題ではなく・・・
こんなことになるならもうちっとマシな・・・あまり目立たないものにすれば良かったと
俺は後悔の溜息をついた。
手持ち無沙汰にポケットに手を突っ込むと、小さな金属が指先にあたった。
この部屋の合鍵だ。
俺はそれを少し眺めてすぐにまたポケットにしまった。
何時間も立ち尽くしていい加減くたびれたし、通り過ぎる奴にいちいちジロジロ見られる
のにもうんざりしている。
けれどなんとなく、こうしてここで待っていたかった。
昔あいつがそうやって俺を待っていたように。
大学の頃、あいつは毎日のように俺のアパートの部屋の前で俺を待っていた。
別に何も約束なんかしてなかった。
俺がバイトをあがるのは深夜になることもあった。
それでも、あいつは何故かひたすら俺を待っていて。
何時間も何をするでもなくたった一人で、あいつは何を思いながら俺を待っていたんだろう。
ここでこうしている今もそれは分からない。
ただ覚えているのは、そうやって待ち続けて帰って来た俺の姿を見てあいつはいつも安心
したように、嬉しそうに笑ったということ。
優しくしてやったことなんてないのに。
待っていた理由を問うと『なんとなく顔が見たくて』なんて答えたあいつを『バカか』と
冷たくあしらって、部屋にも入れずに追い返すことすらあったのに。
いつでも俺の側であいつは笑っていた。
花がほころぶように。
あの頃の俺にはその笑顔は妙に居心地の悪いモノでしかなく、それゆえに余計に辛くあ
たったりしたもんだったが・・・。
今ではその笑顔をいつでも、いつまでも見守っていたいと思っている自分がいる。
人間変われば変わるもんだ。
いや・・・実は全く変わってはいないのか・・・?
少し感傷的になった自分に苦笑しながらちらりと腕時計を見る。
・・・やれやれ。
せっかくだからせめて日付が変わる前には帰ってきてほしいもんだがな。
帰って来たら・・・どんな顔をするだろう。
こんな時間だ。きっと疲れた顔して帰ってくるだろうな。
俺を見たらきっと鳩が豆鉄砲喰らったような顔して、目を丸くして驚いて・・・こいつを
渡してやったらきっと・・・。
そんなことを考えていると、不意に足音が聞こえた。
近づくそれがあいつのものだと何故か俺は確信して身構えた。
足音が角を曲がる。
ほら、やっぱりな。
やっと帰ってきやがった。
思った通り疲労を物語るように下げられていた目線がゆっくり上がって、俺を見つけた途
端その瞳が大きく見開かれた。
全く持って予想通りの反応と表情に吹き出しつつ、立ち止まって固まるあいつに向かって
俺は一歩踏み出し、あいつがその口を開く前に花束を掲げて言ってやった。

「誕生日おめでとう、浅見」

その後の反応も実に想像通りだったが・・・目の前のそれは、掲げた花束が色褪せるほど、
想像よりも思い出よりもずっと鮮やかで美しいものだった。





直人に竜也を待っていさせたかったのと
直人に白いバラの花束を持たせたかったのです。
実は竜也の誕生日の方がおまけという
極道なバースデーSS。(ごめんね竜也!)
超突貫作業だったので
色々なトコ目をつぶってやって下さい。(汗)


<<<BACK