KISS OF FIRE

夕食の後片付けも二人分ならさほど手間はかからない。 最後の皿の水を切ってかごに入れると、洗い立てのコップにミネラルウウォーターを注ぐ。 そしてキッチンから繋がるフロアを振り返ると、ソファには顔を赤くした酔っ払いが一人 横たわり唸っていた。 「直人大丈夫?まったく・・・飲めもしないのに飲むからだよ」 溜息と共に竜也は水を差し出した。 直人は仰向けに横たわったまま、竜也をじろりと睨んだ。 しかしその目は潤んでいていつもの迫力は全くない。 「うるさい。お前があんまり美味そうに飲んでるからだ」 ぶつぶつ文句を言いつつ水を受け取り口をつける。 その腕も首も茹蛸のように真っ赤だった。 滅多にお目にかかれない直人のその様子を見て竜也は笑いを堪えきれない。 「それにしてもほんとに弱いよね〜。半分も飲んでないのに」 「・・・黙れウワバミ」 半分とは缶ビール350mlの半分である。 ふと飲みたくなって買ってきたと、ビニール袋いっぱいに缶ビールを提げてご満悦な竜也 とは対称的に、それ見た直人は途端に表情を曇らせた。 嗜好的な問題ではなく体質の問題で直人はアルコールが苦手なのだ。好き嫌いに関らず飲 めない人間というのはざらにいるのである。 反対に竜也はアルコール類が好きな上に強い。 ビール、日本酒、ウィスキー、ブランデー、ワインにカクテル、何でもござれ。 自分は飲まなくても竜也に付き合ってそういう場所行くことはままあれど、どれほど飲も うと竜也が酔ったところを直人は一度も見たことがなかった。 好きだと言い切るだけあって、ビールを飲む竜也の横顔はとても嬉しそうで幸せそうで、 『ビール』という飲み物がこの上もなく美味な味わいであるように直人の目に映った。 そして。 自分の家だし少しぐらいいいだろうと気を弛ませたのが運のつき。 二口三口、口をつけただけでみるみるうちに頭に血が上り、体は火照りだし目の前はクラ クラ。 食事が終わる頃にはあえなくソファに沈没と相成ったのである。 「何だよウワバミって〜。でもさぁ、俺の知り合い、直人以外にもお酒飲めない人結構い るけど、直人ぐらい凄い勢いで酔っぱらっちゃう人いないよ?面白いな〜」 ケラケラ笑いながら楽しそうに直人の赤い頬をつつく竜也。 殴ってその口を塞いでやりたい直人だったが動くこともままならないのでは黙って唇を噛 むしかない。 非常に珍しい状況であった。 「〜〜〜〜〜くそっ。一生の不覚だ」 屈辱感に打ちひしがれながら呟いた直人の言葉に、竜也は動きを止めて目を丸くした。 それを不審に思う直人の前で、竜也はいたずらを思いついたように破顔した。 「今の俺前にも聞いたな〜。あれはぁ・・・」 直人はとっさに背筋に悪寒を感じたが、すっかり調子付いた竜也を黙らせる術はなかった。 話は二人が大学生だった頃に遡る。 「ほら直人!しっかりして!」 「う〜〜〜〜〜・・・」 時刻は深夜。 駅から直人のアパートまでの道のりを、竜也は酔いつぶれた直人を引きずるようにして歩 いていた。 入学してからというもの、数ある部の飲み会やコンパの誘いを直人はことごとく断ってき た。 しかし本日は空手部OB会の飲み会で。 これに限っては空手部に在籍している以上欠席は許されなかった。 大学の体育会系部活動におけるOBの発言力はそれほど絶大なのである。 そしてOBにとって一年生というものはかっこうのカモなわけで。 特に今までこういった席を蹴り続けた直人は、OBばかりか調子に乗った先輩連中にまで ここぞとばかりに飲ませられまくったのである。 また悲劇的なことに、直人は外見上酒が強いと思われがちなためいくら「飲めない体質だ」 と言ったところで聞き入れてはもらえなかった。 竜也も同じ様に盃攻撃にあったのだが、逆に全員返り討ちにしてまたひとつ有名になって いた。 終いには、見かねた竜也が直人に向けられた盃を全て肩代わりして、酔いつぶれた上に竜 也に助けられるというおまけまでついて、この日は直人にとって最低最悪な日となった。 「知らなかったよ、直人がお酒飲めないなんて。すっごく強そうに見えるのに意外・・・」 「人を・・・外見で・・・判断・・・っ、うぇぇっ!」 「うわ!直人大丈夫!?もう少しだからがんばって!」 そんな会話を交わしつつ、どうにかこうにかアパートまでたどり着き、万年床に倒れ込ん だ直人を竜也は心配そうに覗き込んだ。 「吐きそう?あ、お水飲む?それともタオル濡らしてこようか?」 あれこれせわしなく言葉を掛けながら背中をさする竜也を、不意に直人は顔を上げじっと 見つめた。 さっきまで軟体動物状態だった直人の首が突然据わったことに驚いて、思わず竜也もその まま見つめ返す。 「な、何?」 「お前・・・優しいな」 「はい?」 「俺はいっつも冷たく当たってばっかりなのに・・・こんな俺を心配してくれるのか・・・?」 「あ、当り前だろそんなの」 「本当に・・・優しい奴だな・・・」 「あの・・・直人?」 少し様子のおかしい直人に熱でも出たのではと竜也が額に手を伸ばすと、その手を直人は 強く握りしめた。 「なっ!?」 そしてもう片方の手で竜也の頬をなぞる。 「お前・・・よく見ると結構綺麗な顔してるんだな」 「はああ!?」 「綺麗だ・・・」 「ななな直人?ちょ、ちょっとどうしたのおかしいよ!?」 うっとりとした表情で、日頃の直人からはありえない台詞を聞かされた竜也はパニックで ある。 そんな竜也の様子を意にも介さず、そのまま間合いを詰めてくる直人から思わず竜也が後 退ると、直人は掴んだ手を思い切り引っ張った。 「わぁっ!」 容赦ない力で布団の上に引きずり倒されたかと思うと、おもむろに直人がのしかかってき て竜也はギクリとして直人を見上げた。 「浅見・・・」 優しく囁いて顔を寄せてくる直人を、竜也は胸や肩を押し返して必死に制した。 「待って!待ってよ直人、おかしいって!!一体どうしちゃったんだよ、しっかりして よ!!」 喚きたてて自分から逃れようとする竜也の態度に直人は不快気に眉を顰める。 「・・・なんで逃げるんだ?」 「何でもへったくれもないよ!いつものお前は絶対あんなこと言わない。ねぇ直人。お酒 のせいで頭どっか壊れちゃったんじゃないの!?」 息を弾ませながら竜也がそう叫ぶと、直人はぴたりと動きを止めて体を起こした。 そして少し思案気に頭を巡らせたかと思うと、唐突にぽんと手の平を拳で叩いた。 「そうか・・・そう言えば俺の方からちゃんと言ってやったことはなかったな・・・そう か・・・」 一人納得したようにうんうんと腕を組んで頷く直人。 「あ、あの〜直人・・・?」 それきり黙って俯いた直人を恐る恐る覗き込んだ竜也の肩を直人はがしっと掴んだ。 びくっと身を強張らせる竜也を据わった目で真っ直ぐ見据えて直人は言った。 「好きだ」 「は・・・はいぃ!?」 「好きだ浅見」 固まる竜也を無視して直人はさらに繰り返しながら竜也をきつく抱きしめた。 「ずっと好きだった。心底惚れてる。愛・・・」 「わーっ!ストップストップストーップ!!」 耳元で囁かれ、正気づいた竜也は直人の腕を振り解いて直人から距離をおいた。 「浅見・・・?」 こんなにかたくなに竜也が自分から逃げようとしたことは今までになく、直人は首をかし げる。 自分が酔っぱらっていることは棚に上げて。 いや、酔っているから正しい判断ができていないと言うべきか・・・。 そう。彼は酔っていた。 例えどんなに口調がはっきりしていても、別に酒が抜けたわけでも何でもなく、自分のテ リトリーに入って安心したことでスイッチが入ってしまった性質の悪い口説き上戸だった。 竜也は目元を赤く染め目を潤ませながら直人を睨んだ。 「ひどいよ、今そんなこと言うなんて・・・。酔ってるくせに。お酒の勢いで言われたっ てそんなの・・・全然嬉しくなんかないよ!」 そう言いつつも、竜也の胸は高鳴りっぱなしだった。 想いを告げて、体を繋げる関係になって数ヶ月。 その間、竜也の方からはそれこそ星の数ほど口にした言葉も、直人の方からは一度も告げ られたことはなかったのである。 それでも、言葉などなくても、自分は直人が好きで直人も自分を求めてくれるからそれで 十分だと竜也は思っていたが、ないよりはある方が嬉しいに決まっている。 思いがけず直人から『好きだ』と告白されて、竜也の中で、状況を冷静に直視しようとす る理性よりも素直に嬉しいと思う感情の方が実は勝っていた。 事実さっきから竜也の頭の中には囁かれた愛の言葉がぐるぐる回っていて、徐々に身体が 熱くなって目の前が潤んでいくのを竜也は自覚していた。 それはまるで、体の中に溜まり溜まったアルコールが全身を一気に駆け巡って急速に酔っ ていくような感覚だった。 「や・・・っ、触・・・っ!」 近づいてくる直人に身を竦ませて縮こまる竜也を直人はそっと抱きしめた。 「すまないな・・・。酒の力でも借りなきゃこんなことも言えないような情けない男で・・・」 「なお・・・と・・・?」 力ない直人の声に顔を上げるとごく至近距離に自分を見つめる直人の顔があって、竜也の 心臓がまた一つ大きく跳ねた。 「嫌いになったか・・・?」 「そんなこと・・・ない・・・。でも・・・でもあの、その・・・」 間近に見つめられ、直人のぬくもりに包まれて、もはや竜也の理性は崩壊寸前である。 「好きだ浅見。愛してる。嘘じゃない」 「なお・・・あ!」 とどめだった。 直人の声で囁かれる愛の言葉が竜也の鼓膜を甘く震わせて脳を溶かした。 唇を吸われ、アルコールの匂いのする口づけを与えられながらゆっくりと押し倒されるの に、竜也はもう抵抗しなかった。 「直人ぉ・・・俺も・・・好き。大好き・・・」 自分から直人の首に腕をまわしながらそう呟く竜也に直人はクスリと笑った。 「ああ、知ってるよ。そんな泣きそうな顔するな・・・泣かせたくなるだろう。お前は泣 き顔も可愛いからな」 「や・・・意地悪・・・」 「可愛い浅見・・・。俺のものだ。笑顔も泣き顔も、この髪もこの唇もこの肌も全部・・・ 全部俺のものだ・・・」 「あ・・・そうだよ・・・。俺は全部直人の・・・ああ!」 「愛してる・・・浅見」 そんなこんなで。 この夜行為の最中直人は竜也に愛を囁き続け、竜也は身も心もめくるめく快感に酔いしれ たのだった。 しかしながら。 しつこいようだがこの時直人はただの酔っぱらいであった。 当然翌朝目覚めた直人は昨夜のことを全く覚えていなかったわけで。 二日酔いで割れそうに痛む頭を抱えながら、隣で裸で眠る竜也をぼんやりと眺め直人は考 えた。 昨日はしこたま酒を飲まされた。 その途中から記憶がない。 要するに自分は早々につぶれたのだろう。 そして竜也が自分を家まで送って・・・状況から察するに自分は送られオオカミになった というところか。 酒の上の不埒・・・とはよく言うが、まさか自分がそんなことをするとは思いもよらず、 直人はさらに頭痛を覚えた。 本当はそれ以上にエライことになっているのだが、昨夜ほど酔ったのは初めてな直人には 口説き上戸の自覚はない。 しげしげと竜也の様子を見て、暴力をふるったというわけでもなさそうだし、初めてとい うわけでもないし・・・悪かったとは思うがまぁいいだろうと、色々考えるのが億劫にな った直人は簡単に結論付けた。 そうこうしているうちに竜也が身動ぎして目を開いた。 視界に直人を捕らえた瞬間、竜也は飛び起きてシーツに包まって頬を染めた。 「よお・・・」 「あ、お、おはよ直人。その・・・昨夜は・・・」 「悪かったな」 「え?」 「昨夜は悪かった。迷惑かけたな」 「や、そんな・・・迷惑だなんて・・・」 「いや。あれは一生の不覚だ。昨夜のことは全部不本意なことだ。悪いが忘れてくれ」 自分の不覚をさっさと忘れてしまいたい直人は一息にそう言うと、さも煩わしげにひらひ らと手を振った。 それを聞いた途端竜也の顔色が変わる。 血の気が引いて強張ったその表情を直人はいぶかしむ。 「?どうした?」 「全部・・・不本意・・・?」 「あ?ああそうだ。全部だ」 「じゃあ・・・昨日のあれって全部・・・嘘・・・なの?」 「は?嘘???」 記憶のない直人は竜也の言っていることの意味が分からず首をひねる。 直人のその様子を目にして、竜也の目にみるみるうちに涙が溢れ零れ落ちた。 「あ、浅見!?」 突然泣き出した竜也に直人は慌てる。そんな直人の前で竜也はしゃくり上げた。 「ひど・・・い。嘘だったなんて・・・全部嘘だったなんて!俺、俺・・・嬉しかったの に。すっごく嬉しかったのに!!」 「はあ!?」 「あんまりだ・・・。嘘つくぐらいなら何も言ってくれない方がまだマシだよ」 「お、おい浅見?」 「俺の気持ち知ってて・・・こんな風に弄ぶなんて信じらんない、サイテー!直人なんて・・・ 直人なんてもう大っ嫌いだ―――――っっっ!!」 「ちょっと待て――――――――――っっっ!!」 布団に突っ伏して号泣する竜也に二日酔いなど吹っ飛んだ直人だった。 わけがわからないながらもどうにかなだめすかして、昨夜自分が言ったことしたことの全 てを聞かされた直人は、その瞬間真っ白に燃え尽きた。 その後。 OB会であろうとなんであろうと、例え一滴でも直人がアルコールを口にすることは決し てなかったのだった。 「なーんてね。覚えてる?」 覚えていないわけがなかった。 しかし思い出したくもないことを蒸し返されて、直人は仏頂面のままぷいと横を向いた。 それを見て竜也はまた笑う。 そして甘えるように直人の胸に頬をすり寄せて言った。 「ところで、ねぇ直人。ビールまだ余ってるんだけど・・・もう一本どう?」 何を言い出すのかと目を見開いた直人だったが、竜也の表情にその思惑を察してニヤリと 笑う。 「・・・これ以上俺を酔わせてどうするつもりだ?」 「え〜?また口説かれてみたいなぁなんて・・・ひゃっ!」 ニヤケながらそう言った竜也を、直人はソファに横たわったまま自分の上に抱き上げきつ く抱え込んだ。 「わわっ!直人ごめん!冗談だよ冗談・・・」 慌ててじたじたともがく竜也の耳元に直人は唇を寄せた。 「 」 そっと囁かれた言葉に竜也は固まり、ぼんっと音を立てて真っ赤になった。 その様子をニヤニヤ笑いながら見つめる直人を竜也は悔しそうに睨んだ。 「酔ってるんだろ」 「さあな」 「絶対酔ってる・・・」 そう呟きつつも、竜也は吸い寄せられるように直人に顔を近づけて。 次第に深くなるキスに官能を煽られながら、直人の指先が竜也の服の中に潜り込んでくる 頃、キスの合間に竜也は呟いた。 「ねぇ・・・もう一回言って・・・」 吐息まじりにねだる竜也を直人は愛しそうに見つめ、反転して体を入れ替えると、竜也を ソファに横たえながら囁いた。 「何度でも」 そして・・・アルコールまじりの甘い夜はふけていくのであった。 ところで。 本当のところこの時直人は酔っていたのかどうか?真実は如何に!? 「浅見・・・。その、なんだ・・・。俺は昨夜・・・何か言ったか?」 「・・・・・・・・・・べっつに〜」 ということで。 無理な飲酒は控えましょう。 |
というわけでウチの直人は下戸です。
意外と酒も煙草もやらなそうな気がするんですがどうでしょう?
(逆に竜也は好きそう。ナマ様が飲むからってわけじゃないですが)
タイトルは言わずもがなカクテルの「KISS OF
FIRE」から。
「炎に口づけたような強烈な口当たりが特徴的な深紅のカクテル」
いやん。直人にピッタリ〜vvv(←ばーか)
また飲みに行きたいなぁ・・・。