サウダージ



西暦2000年、年末。
危うく倒産しかかったTR社を救ってくれたのは直人だった。
「そこのバカが捨てた力ってのがどれぐらいありがたいものか教えてやっただけだ」
という言葉にドモンはいきり立ったけど、それだけじゃないことは明白だった。
だって直人は、
「せっかくだから、年越しそば一緒に食べましょうよ直人さん」
というシオンの誘いに頷いたんだから。
俺はすごくビックリして、すごく嬉しかった。
一緒に騒ぐわけでもなく、それでもその輪の中でそばを食べ終えた直人は、「カウントダウ
ンして行け」という誘いには流石に乗らずに、愛想なく部屋を出た。
俺は見送りたくて慌ててその後を追った。
「直人!」
声をかけると階段の途中で直人は振り向いた。
「今日はありがとう。直人とこんな風に年が越せるなんて思わなかった・・・正直嬉しい
よ」
違う。
こんな形ばかりのこと言いたいんじゃなくて。
もっと・・・もっと話を・・・。
今なら出来そうな気がするのに。
「海を・・・」
言いたい言葉が胸の奥に詰まって困惑していた俺に直人がポツリと呟いた。
「少し・・・海岸沿いを流して帰ろうと思ってる」
それきり黙ってしまう直人。
流れる沈黙。
それってどういうこと?
もしかして・・・誘ってるの?
俺を?
真意を図りかねる俺に直人が一瞬視線を向ける。
その目の奥には違えようのないサイン。
「ま・・・待って!ちょっと待ってて!!」
俺の返事を待たずに背を向けて階段を下りる直人にそう喚いて、俺は部屋に戻ってコート
を引っ掴んで「出掛けてくる!」とだけ言い残して階段を駆け下りた。
階段の下には既にエンジンが掛けられた車が横付けされていて、俺は上がった息を整えて、
ロックのかかっていないドアを開け、助手席に乗り込んだ。
ドアが閉まると同時に車は滑るように走り出す。
どのぐらい走ったか。
その間、会話は一切なかった。
直人はひたすら前を向いて運転し、俺はずっと窓の向こうを見つめていた。
でもその景色は俺の目に映ってはいない。
言葉通り海岸沿いを走っているのか、何処を走っているのかも俺には分からない。
だって。
すぐ隣に直人がいる。
手を伸ばせば触れられる距離に直人がいる。
単に距離だけじゃない。
再会してからずっと直人から発せられていた突き刺すような、何者をも拒絶するような鋭
利な空気が、今は全く感じられなくて、より一層直人を近くに感じる。
そう。
あの頃のような。短い月日を共に過ごしたあの頃のような・・・。
久しぶりに人の輪に触れて無防備になっているんだろうか。
分からないけれど、俺はずっとドキドキしている。
呼吸するのも緊張して苦しい。
でもそれは決して不快なものじゃなくて。
暖かささえ感じるような甘い陶酔感。
ふと聞こえてきたメロディに耳を澄ませる。
直人がつけたらしいカーオーディオから流れるそれには聞き覚えがあって。
「これ・・・ひょっとしてMD?」
ずっと黙ってた俺に突然訊ねられて直人は少し驚いたみたいだった。
「・・・ああ」
短く答える直人に口元が弛む。
「これ・・・俺があげた奴だよ。覚えてない?」
「・・・そうだったか?」
「そうだよ・・・」
大学時代、オーディオ機器はそれなりに持ってるくせにあまり音楽を聞かない直人に、俺
は自分の趣味で編集したMDをプレゼントした。(押し付けたとも言うかも)
この曲の並びは絶対間違いない。
持っててくれたんだ・・・。
俺があげたことなんて忘れてただろうけど・・・それでも嬉しい。
懐かしいその音楽に耳を傾けて目を閉じる。
直人の側でこれを聞いたあの頃の色んなことが走馬灯のようにまぶたの裏をよぎる。
そして、あの時の想いが今もまだこの胸にあることをはっきりと悟る。
想いが溢れる。
溢れた想いが二人の間にあった溝を埋めていくように思うのは俺だけ・・・?
ねぇ直人。
どうして俺を助けてくれたの?
どうして俺を誘ったの?
どうしてこのMDをずっと持っててくれたの?
どうして・・・。
聞きたい。話をしたい。そして伝えたい。
「おい」
突然掛けられた声に思考を遮断される。
気がつけば車は停止していて窓の外にはTR社への階段があった。
俺は動けなかった。
掛けっぱなしのエンジンの音がやけに大きく耳に響く。
沈黙が続く車内に、次第に満ちる甘やかな緊張感。
きっと。
ほんのたった一言、一声で。
スイッチが入る。
時間も距離もあっという間にゼロになる。
でも。
スイッチを手にしているのはどっち?
俺・・・?
それとも・・・。
「浅見」
「俺・・・」
直人が俺の名前を呼んだ。
その後に続く言葉がなんだったのか知らない。
「何してる」とか「早く下りろ」とかそんなことだったかもしれない。
でも、頭で考えるよりも先に、俺の唇は言葉を紡いでいた。
「俺・・・直人が・・・好きだ・・・。あの頃からずっと・・・今でも・・・。たとえ直
人が俺のこと嫌いでも・・・俺は・・・直人のことが・・・」
俺の言葉は最後まで声にならなかった。
強く腕を引かれたと思うと同時に、俺は直人の腕にきつく抱きすくめられていた。
オリジナルの香りが瞬時に体中を駆け巡って、頭がしびれた。
そのしびれた頭に、俺は直人の声を聞いた。

「キライナワケガナイダロウ」

スイッチを入れたのはどっちだっただろう。

玄関から散らばる衣服。
それらの行き着く先は、寝室のベッドの上。
「あぁ、ん・・・は・・・」
エンジンは止められることなく、車はそのまま直人のマンションへと向かって。
部屋に入るなり、俺達はお互いの服を引き剥がすように脱がし合って、もつれ合いながら
ベッドへと倒れ込んだ。
そして一言も交わさないまま、ただ夢中で肌を重ねた。
「あ・・・ああっ!」
「・・・・・っ!!」
俺が絶頂を迎えると同時に直人もまた俺の中に熱を吐き出して、直人はそのまま俺の胸の
上に体を投げ出した。
乱れた呼吸を整えていると、俺の肩口に顔を埋めた直人が喉の奥で笑い出した。
「・・・?」
不審に思っていると、直人は自嘲気味に呟いた。
「滑稽だ・・・」
「直人・・・?」
「あんなにも憎んだのに・・・。あんなにも、愛してなどいないと自分に言い聞かせてき
たのに・・・な」
そう言いながら俺の頬を撫でるその表情はどこか哀しそうだった。
「他愛ない。触れちまったら・・・このザマだ」
俺はその手に自分の手を重ねてそっと口付けた。
今なら分かる気がする。
何故直人が俺から離れていったのか。
それは俺自身が弱かったせい。
あの頃の俺は『浅見』を嫌いながらも「仕方ないんだ」と諦めて、逃げることすらせずに
ただ流されていた。
直人への想いに嘘はないけれど、結局あの頃の俺は直人だけを選ぶことは出来なかったん
じゃないかと・・・そう思う。
直人には分かってたんだ。
そんな俺の矛盾。中途半端な気持ち。
だから直人はそんな俺を憎んだ・・・。
口付けていた手のひらが強く俺の顔を掴んで、俺は直人に正面から真っ直ぐに見つめられ
た。
「浅見・・・。俺はもうレールに乗っちまったんだ。降りることは出来ない・・・」
「『降りる気もない』・・・だろ?分かってるよ。もう止めたりしない」
思いつめた口調で言う直人に苦笑して俺がそう言うと、直人は意外そうに目を丸くした。
「その代わり俺も降りないから。今俺が走ってるレールは俺が自分で作ったものだから、
絶対に途中で降りたりしない。自分の力で走っていくから、直人も自分の道を走って?」
くすくす笑う俺に直人は溜息をついた。
「お前・・・再会した時は全然変わらない相変わらずのボンボンだと思ったが・・・少し
変わったな」
「そりゃあね。誰かさんに手厳しく引導渡されちゃったから・・・変わりもするよ」
ひとしきり笑いあって、俺は直人の頭をそっと抱きしめた。
「でも直人、これだけは忘れないで。俺は何があってもずっと直人が好きだから。それだ
けは絶対変わらないから。どうか覚えてて」
その俺の告白に、直人は何も言葉をくれなかったけれど。
代わりに直人は俺の言葉ごと飲み込むような熱いキスをくれて・・・。
繋がったままだった部分がまた熱を持ち出して。
俺達はそのままもう一度抱き合った。
深く深く。
お互いを相手に刻み込むように。
時間も距離も何もかもを埋め尽くすように。

分かっていた。
これが最後だと。
分かっていた・・・。

目が醒めると直人はいなかった。
そんな気がしていたから別に驚きもせず、サイドボードにぞんざいに置かれた服を一枚一
枚身につけて身支度を整える。
すると、服の下に一枚のMDが置かれていた。
それが何かは考えるまでもなくて。
きっともう二度と聞かないだろうなと思いつつ手に取ると、少し、鼻の奥がつんと痛んだ。
MDをコートのポケットにしまって、玄関先で靴をはいて外に出る。
最後に部屋の中を振り返った。
熱く想いを交し合った褥はここからはもう見えない。
ドアノブから手を離す。
目の前で閉ざされていく直人の部屋。

後悔はない。
分かり合えたから。
伝えられたから。
道は違っても、この想いはずっと胸にあること。
それで十分だから。

二度と開くことのないその扉に俺は小さく呟いた。



「バイバイ直人」




ワタシはワタシと
はぐれるわけにはいかないから
いつかまた会いましょう
その日までサヨナラ
恋心よ

(song by ポルノグラフィティ 「サウダージ」)





B'zのアルバム収録曲の歌詞をベースにしてます。
でもどうしてもハッピーエンドなラストが浮かばず
そのまま全部は使えなかったんですよね〜。
で、せつな系にまとめるとなんだかサウダージっぽく・・・。
基本的に私の書いてるものは時間軸とかあんまり考えてません。
そのとき思いつくまま気の向くままに書いてますので
これがそのままLoveLoveSHOWにつながるかというと・・・
う〜ん。(苦笑)


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