笑顔の行方



とあるよく晴れた日の午後、直人は暇だった。
このところ休みといえば竜也に合わせて取り、前日の夜から二人で過ごすことが多かった。
本当ならこの日もそのはずだったのだが直前になって、どうしても抜けられない仕事が入
ったと竜也に泣きつかれたのだった。
その埋め合わせは事前にたっぷりとしてもらった直人だったが、かといって休日の予定が
埋まるわけでもなく、結果直人は一人空いた時間を持て余していた。
思えば「どこかに行きたい」「何々したい」と言い出すのはいつも竜也の方で、何時も直人
はそれに付き合う形で。
行動の全てが竜也中心に回っていることを否応なく自覚して直人は情けなくなった。
「趣味:浅見竜也」とでも言えそうな勢いである。
「・・・・・・・・・・出掛けるか」
溜息とともに一人ごちて、財布と携帯を確認して靴をはいたその瞬間、突然けたたましく
チャイムが鳴らされた。
「直人!直人いるんでしょ!?俺だよ直人!!」
チャイムばかりでなくどんどんとドアを叩きながら叫んだその声に面食らった直人は慌て
てドアを開けた。
「あ、浅見!?お前どう・・・」
「直人!」
直人に最後まで言わせずに竜也は玄関に飛び込むなり直人の手を拝み取りにして詰め寄っ
た。
「直人お願い!何も言わずに黙って俺について来てくれ!!」
ぞわあっ!!
竜也のその台詞を耳にした途端、直人の背中を悪寒が駆け上り全身に鳥肌が立った。
予感などという曖昧なものではない。
聞き覚えのあるそのフレーズが喚起するデジャビュは、竜也のお願いがろくでもないこと
であることを直人に確信させた。
が、しかし時既に遅し。
衝撃に固まっていた直人は、竜也に引きずられるように連れ出され、気がついたときには
既にタクシーの中であった。

「どうですか!?」
目的地に着くなり、何の説明もなく直人は見知らぬ中年男性に引き合わされた。
訳が分からず渋い顔を作る直人を男は値踏みするように頭の先からつま先まで見つめて突
如にこやかに笑った。
「いいんじゃない?ルックスもスタイルも問題なし!」
「良かった〜。あ、じゃあ早速・・・」
「そうだね時間もないし・・・。お〜い、準備して!撮影始めるよ〜」
撮影・・・?
それを聞いて辺りを見回すと、リビングの一室といったセットが組まれた周りには照明や
ら様々なカメラやら。
確かにどこかのスタジオであることは疑いようがなかった。
しかしそこに納得したからといって現状を理解するには至らない。
「浅見・・・」
腹の底から搾り出すような低い声で、直人が自分の置かれた現状の元凶の主を呼べば、竜
也は思い出したように振り向いた。
「ああそうだ直人。服装がそれだとちょっとアレだから着替えてくれる?更衣室に服
が・・・ふぐっ!?」
しかしその口から出た言葉は直人の欲しいものとは程遠く、直人は竜也の両頬を摘んで思
い切り引っ張った。
「ひひゃい!ひひゃいよなほと!!」
「ならちゃんと俺に分かるように説明しろ!!」
キレた直人の怒号一喝。
手をバタバタと動かしていた竜也はしゅんと大人しくなり、周囲も一瞬動きを止めた。
何事かと寄せられる視線から逃げるように、竜也と直人は更衣室へと移動した。
「ブライダルフェアのパンフモデル?」
「うん。ウチが出資してるインテリアメーカーのね」
竜也の言う『ウチ』とはもちろん『浅見グループ』のことである。
将来的に『浅見』を引き継ぐ意志を固めてから、竜也は折に触れてこうした末端企業の企
画などに一スタッフとして参加するようになっていた。
「結構色々時間の押してる企画でさ。パンフの方今日写真撮らないと絶対間に合わなくっ
て。なのに肝心のモデルが事故ってキャンセルになっちゃって・・・そのぉ・・・」
「で?」
腕組みをして椅子に腰掛け非難の色浮かべて下から睨み上げる直人に、竜也は両手を合わ
せて頭を下げた!
「ごめん!!無理矢理連れて来たことは謝るよ。でもこんな急に代わりのモデルなんて手
配できないし、浅見の仕事だから俺が顔出すわけにもいかないし・・・お願い直人!モ
デルになって!!」
「断る」
即答だった。
にべもない直人の返事に竜也は目を潤ませた。
「何かと思えば・・・。人に物を頼むにはまず順序ってもんがあるだろう」
「だから・・・それは謝るから・・・」
「大体俺は写真が嫌いなんだ。ましてやこんな客寄せパンダみてぇなマネ、お断りだ」
その返事が分かっていたから説明もせず強引に引っ張ってきたんだ・・・と、心で思った
竜也だったが、どう考えても自分に分が悪い状況にどうしようもなく俯いた。
「失礼します!」
その時だった。
沈黙を打ち破るように更衣室のドアが勢いよく開かれ、スタッフの一人らしい男が勇んで
入ってきた。
男は真っ直ぐ直人の前までやってくると、突然床に膝をついて頭を床に擦りつけた。
その行為に竜也も直人も度肝を抜かれる。
「お願いします!モデル引き受けてください!この企画成功しないと困るんです!!クビ
がかかってるんですぅ〜」
男は涙ながらに直人の足に縋りついた。
「な、な・・・」
「ちょ、ちょっとあの、落ち着いて!頭上げてください!!」
気後れしつつ言葉を失う直人に、慌てふためく竜也。
追い討ちをかけるように、さらにスタッフが駆け込んできた。
「私からもお願いします!」
「私も!!」
頭を下げ続ける男と同様に彼らもまた頭を床につける。
二人が呆気にとられている間にわらわらと人数は増え、ついには企画スタッフ20数名全
員が直人の前に土下座した。
「な、なおとぉ・・・」
開いた口が塞がらない直人に、竜也も困り果てて懇願の視線を向ける。
半ば強迫めいた状況に直人はついに音を上げた。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!分かった、やる!やってやるからそれはやめろーっ!!」
「あ、そうですか。いやぁよかった。じゃ、急いで準備お願いします」
直人が叫んだ途端、男は手の平を返すように笑ってすっくと立ち上がり、他のスタッフも
「よかったよかった・・・一時はどうなることかと・・・」などと笑い合いながら、何事
もなかったかのように部屋を後にしていった。
職務を全うするためにはプライドさえも投げ打つ天晴れなサラリーマン根性に、竜也も直
人も言葉がなかった。
明らかに上手く乗せられた格好になったことに静かに怒りをたぎらせる直人の気配を背中
に感じつつ、竜也はぎこちなく笑って声をかけた。
「じゃ、じゃあ直人、そういうことでよろしくね」
わざと直人を見ないようにして恐る恐る退散しようとした竜也の襟首を直人は勢いよく引
っ張った。
そして振り向かせざま濃厚な口付けを仕掛ける。
「!?うぐ・・・っ、んーっ、んーっ!!」
驚いて暴れる竜也が脱力するまで、直人は竜也を思う存分味わって解放し、今度は胸倉を
引っ掴んだ。
「とりあえず前金はもらった。高くつくからな。覚えとけよ!」
眼光鋭く睨まれて竜也はごくりと唾を飲み込んだ。
「肝に銘じときます」
そして竜也は直人にモデルを頼んだことを少しだけ後悔したのだった。

それから。
モデルの代役も決まり順調に進むかと思われた撮影は難航していた。
原因はというと。
「ねぇ直人・・・もうちょっとこう楽しそうな顔できない?」
「・・・お前はこの状況で俺に笑えというのか」
そういうことだった。
平素からして直人は柔和な顔立ちではない。そこに加えて不機嫌絶好調な本音がモロに顔
に出てしまっていて、直人の表情はとてもではないが『ブライダル』のイメージではなか
った。
女性モデルまで困惑して表情が固くなる始末である。
何度目かのカメラマンの「休憩!」の声にスタッフの溜息が漏れる中、竜也は直人に歩み
寄った。
「そりゃあね、直人が怒るのしょうがないと思うし、ホントに悪いと思ってるよ。でもこ
れ『ブライダルフェア』なんだよ?幸せいっぱいなイメージなんだよ。そんな仏頂面じ
ゃあパンフになんないよ」
「もともとこういう顔なんだ悪かったな。気に入らなきゃ他を当たれ」
「直人ぉ・・・そんなこと言わないでさ。お願い。なんか楽しいこととか嬉しいこと思い
浮かべてなんとか顔作って?ね?」
励ますように肩を叩いてスタッフの元へ走っていく竜也を直人は恨めしげに見つめた。
(勝手なことばかり言いやがって顔を作れだと?俺は本職じゃないんだそんな器用な真似
が出来るか。大体俺は今日は休日だったんだぞ。それを強引に連れ出して無理矢理こん
なこと押し付けて・・・貴重な俺の休日を台無しにしておいてなんて態度だ)
ぶつぶつと文句を並べ立てて、ふと直人は苦笑した。
自分が口にした『貴重な休日』というフレーズに。
何が貴重であるものか。
竜也のいない一人の休日はどんなものだった?
動くことすらままならない味気ないものだったではないか。
そうあの瞬間。
竜也が部屋に飛び込んでくるまでは。
巻き込まれたことはやはり実にろくでもないことだったが、それでもあのまま一日を無意
味に過ごすよりはましだったのかもしれない。
そこに竜也がいる。
それだけで世界が表情を変える。
活き活きとまぶしいものに。
そんなことを思いながら直人はつとセットの中のマグカップを手に取った。
(好きそうな色だな・・・。ああ、それにこのクッションも。ソファもこのぐらいでかけ
れば余裕で寝転がれる。クッション抱えて寝てたりしたら・・・まるっきり毛並みのい
い大型犬だな)
「あ・・・」
直人の変化に最初に気がついたのは女性モデルだった。
その表情に思わず頬を朱に染める。
「え・・・?あ、いい・・・いいよ!ちょっと休憩終わり!!早く!さっさと位置につい
て!!」
ファインダーを何気なく覗いていたカメラマンも直人に気がついて慌てて号令をかける。
突然慌ただしくなったスタジオの様子に竜也はセットに目を向けた。
そして、その中の直人を見た瞬間固まった。
直人の表情はさっきまでとはまるで別人だった。
柔らかく微笑むその眼差しはまさに愛しい者に向けられるそれで、愛する者が側にいるこ
との喜びに満ち溢れていた。
あまりのギャップに誰しもが言葉を失い、そして見惚れた。
周囲のその様子に竜也は急になんだか恥ずかしくなって人知れず赤面した。
「はいカーット!オッケー!!」
そんな中、カメラマンの声が響き渡って撮影は無事終了と相成った。
「いやぁいい表情だったね〜彼。できるんなら最初からやってくれりゃいいのに。ねぇ浅見君」
「え?ええ、ははは・・・そうですね〜」
そんな言葉に曖昧に相槌を打って竜也はさっさと更衣室に引き上げてしまった直人の後を
追った。
「直人!」
部屋に入ると直人は着替えの真っ最中で、飛び込んできた竜也にバツの悪そうな視線を向
けてまた黙々と着替え始めた。
竜也は駆け寄りたくてうずうずするのを堪えて直人が着替え終わるのを待ち、直人が着替
え終わると同時に飛びついた。
「ありがと直人。お疲れ様」
「・・・・・・・・・」
上機嫌に擦り寄る竜也に直人は無言だった。
竜也は直人のその様子にくすくす笑った。
「すっごくいい表情だったって言われてたよ?でも急にどうしたの?直人・・・何考えて
たの?」
目をキラキラさせて、犬ならば尻尾をパタパタさせて聞いてくる竜也を直人はあえて無視
してそっぽを向いた。
竜也はさらに嬉しそうに笑った。
「えへへへ。俺、あのカオ知ってるよ?あれはねぇ・・・」
「言うなアホ・・・」
続けようとする竜也の額を軽く小突いて、直人はその唇を塞ぐ。
多少場所が気になったものの竜也も実はそうしたくて、大人しくそれを受け入れた。
ひとしきり甘いキスに酔いしれた後、竜也は甘えるように言った。
「ね、直人。俺、これからまだ打ち合わせがあるんだけど・・・終わったら直人のトコ行
っていい?」
「ああ、待ってる。何か作っておいてやろうか?」
「ホント?嬉しいけどいいよ。俺が作ってあげる。直人がんばってくれたからさ。そのか
わり・・・」
「?」
途中で声をひそめた竜也はいたずらをするように笑うと、そっと直人に耳打ちした。
(今度は俺だけにあのカオ見せて)
直人は思いきり赤面した。
殴ってやろうかと思った瞬間竜也は直人の腕をすり抜けてドアの向こうに消えていった。
一人残された部屋で、直人は大きく溜息をついて肩を落とすと片手で顔を覆った。
「いつも見てるだろうが・・・」
呟いて、『幸せそうな顔』と『ヤニ下がった顔』は紙一重だということを直人はしみじみ噛
みしめ、そんな顔を人前に晒してしまった不覚に眩暈を覚えた。

後日。
仕上がったパンフレットを竜也は関係者に手渡して回った。
直人が「いらん。捨てろ」と吐き捨てたのを思わず笑ってしまった竜也は今度こそ鉄拳制
裁を食らわされた。
そして女性モデルに手渡したときのこと。
「どうもありがとう。ああでも悔しい。彼、ホントに素敵な表情なんだもの、負けてるわ。
きっとものすごく大事な人がいるんでしょうね。この人にこんな表情させるなんて・・・
その人すごく幸せ者ね」
そう言った彼女に、竜也は「そうですね」と答えながら、写真の直人に負けないぐらい幸
せそうに微笑んだ。




6月頃に考えてたネタです。
ジューンブライドってことで。
でもブライダルフェアって意外と年がら年中
やってるモンですね。
タイム本編の直人はスカした笑い方が多いので
ふとした時の笑顔はかなりツボです!


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