| バレンタイン ラプソディ |
とある平和な朝。 魔法部屋を出たヒカルの鼻先をふと甘い香りが擽った。 その香りに惹かれるように歩いていくとその出所はどうやら台所のようで、近づくにつれ、 楽しげに笑い合う小津家の姉妹の声が聞こえてきて、ヒカルは戸口から中を覗き込んだ。 「やぁ何だかいい匂いだね。何をしてるんだい?」 「あーっ!ヒカル先生は入って来ちゃダメーッ!」 ヒカルが声を掛けるやいなやすっ飛んできた芳香が、ヒカルの入室を阻むように入り口で 両腕を広げて立ちふさがった。 予期せぬ突然の出来事にヒカルは面食らって慌てる。 「え!?ほ、芳香、どうして?」 「もう芳香ちゃんたら。いいんですよ先生。チョコレート作ってるだけなんだから」 その様子に助け舟を出したのは麗だった。 「え〜っ。もう、内緒にしてて後で先生がきょとんとする顔見たかったのにぃ」 その言葉を受けて芳香は残念そうにしながらも腕を下ろし、中に入ることを許されたヒカ ルはおずおずと台所の中へと足を踏み入れた。 テーブルの上には所狭しと並べられた本や調理器具と共に確かに大量のチョコレートがあ り甘い香りを漂わせていた。 しかしそれらを見てもやはりヒカルは何故自分が入室を止められたのか釈然としない。 「チョコレートを作ることがどうして内緒なんだい?」 ヒカルが首を捻ると、ヒカルを止めた張本人である芳香がウィンクをしながら楽しそうに 答えた。 「だって先生知らないでしょ?バレンタイデー」 「ばれん・・・たいん・・・?」 「ほ〜らやっぱり知らない〜v」 「芳香ちゃん!あのね先生。今日2月14日はバレンタインデーといって好きな人や大切 な人に日頃の想いを込めてチョコレートを贈る日なんです」 案の定困惑気なヒカルに調子に乗っておどける芳香を諌めるように、麗がきちんとした説 明を加える。 「へぇ・・・それは知らなかったな。地上には色んな習慣があるんだね」 「ノンノン」 それを聞いて素直に感心するヒカルとは反対に、芳香は急に神妙な面持ちになり、チッチ ッチッと立てた人差し指を左右に振った。 「ダメよ麗ちゃん、そんな半端な説明じゃ。バレンタインはなんてったって恋の一大イベ ント!女の子にとって勝負の日なんだから!!」 「は?」 またも困惑するヒカルに向かって今度は芳香が力説する。 「バレンタインはぁ、元々女性が男性にチョコを贈って想いを伝える日なの。片想いなら この機に乗じてイケイケGO!GO!だし、両想いならここで彼のハートをがっちり掴む絶好の 機会!だから女の子にとって2月14日は絶対ハズせない恋愛イベントなのよ!」 拳を握って熱くそう語る姿はさすが自称恋愛マスターである。 その様子を呆然と見守っていたヒカルと麗に芳香はコロッと表情を変え、ニッコリ笑って 言った。 「というわけで、芳香はこれから出掛けてきまーっす。芳香の王子様達が、芳香の愛の手 作りチョコを心待ちにしてるはずだ・か・らvじゃ〜ね〜vvv」 風と共に去りぬ。 言うが早いか芳香は大きな紙袋を大事そうに抱え、彼女の持つエレメント通りに風のよう に台所を後にした。 「・・・で、どっちが正しいんだい?」 展開の速さに置いてけぼりをくらったように立ち尽くし、しばし無言だったヒカルはよう やく口を開いた。 「ふふ。基本的には芳香ちゃんが言うように恋愛イベントなんですけどね。最近はそうで もないんですよ。女の子同士お友達の間で贈りあったり、日頃お世話になってる人に感謝 の気持ちを込めて贈ったり色々なんです。あ、でもどっちにしても女性が贈るものではあ るんですけど」 「ふ〜ん。そして贈るのはあくまでもチョコレートなんだね。なんだか不思議だなぁ」 「そうかもしれませんね。で、私はこれから家族みんなのためにチョコレートケーキを作 ろうと思って。芳香ちゃんってば自分の分を作ったらさっさと行っちゃうんだから・・・」 「手伝おうか?」 「ダメです!『家族』には先生も含まれてるんだから。手伝ってもらうわけにはいきませ ん!」 「ははは、そうか。それじゃあ仕方がないね。お言葉に甘えて麗のケーキを楽しみにさせ てもらう事にするよ」 「はい。夜皆が揃ってから食べますから楽しみにしててくださいv」 バレンタインデーというものをそれなりに理解したヒカルは「手伝い不要」との麗の言葉 に素直に従い、台所を出た。 が、数歩歩いたところで何事か思いついたようにふと立ち止まるとすぐに台所に引き返し、 遠慮がちに麗に声をかけた。 「・・・麗」 「はい?」 「ちょっと・・・お願いしてもいいかな」 「え?」 そしてその日の夜。 「じゃーん!見て見てコレ!山崎さんからのチョコゲット!!なんと手作りなんだよ〜。 あ〜俺幸せv生きてて良かった〜vvv」 「俺もだ!!江里子さんが俺の為に・・・っ!!我が人生に悔いなし!!俺は今モーレツ に感動しているっ!!」 「兄ちゃんっ!」 「魁っ!」 ひしっと抱き合いそれぞれに本命チョコを手にした喜びを噛み締める魁と蒔人。 それを横目に見ながら芳香が笑った。 「も〜う二人とも大袈裟なんだから〜。でもでも、芳香も無事王子様み〜んなに渡したし。 皆喜んでくれて良かった〜vvv」 「ははは、いいねぇ。なんだか皆凄く幸せそうだ」 魔法部屋でのそんなやり取りをヒカルは微笑ましく見つめる。 その隣で麗は腰に手を当てて呆れたように呟いた。 「ほ〜んと。これじゃあ私からのチョコケーキなんていらないかしらね」 その途端幸せに浸っていた魁は大慌てで麗の手をとり言い募った。 「な、なに言ってんだよちぃ姉!それはそれ!これはこれだよ!」 さらに蒔人も魁に続く。 「そうだぞ麗!俺たち家族の為に麗が心を込めて作ってくたケーキがいらないわけないだ ろう!!」 「すっかり毎年恒例だもんね〜。年々腕をあげる麗ちゃんv今年はどんなの作ったの?早 く食べようよ〜」 「ダメよ。まだ翼ちゃんが帰ってないでしょ」 急かす芳香を麗はやんわりと制する。 そう。この場には次男の翼だけがいまだ不在なのだった。 「そういえば遅いね。翼はどうしたんだろう」 言いながらヒカルはふと時計を見る。いつもであればもうとっくに帰ってきている時間だ った。 「どーせバイト先で女の子に捕まって身動きとれねーんだよ」 「え?」 何気ないヒカルの呟きに、これまた何気なく答えた魁の言葉にヒカルは一瞬表情を変えた。 しかし魁はそれに気付かず、さらに翼の話題を続ける。 「なぁなぁちぃ兄今年はいくつもらってくると思う?」 「そうだなぁ。こっちも毎年順調に数を増やしてるからなぁ。う〜ん・・・」 「翼は・・・いつもそんなにもらうのかい?」 「そうよ〜先生。翼ちゃんてば小さい頃からモテモテなんだからv」 「分からなくはないけど同じ男としてちょっと悔しかったりするんだよな〜。ま、そのお かげで毎年この日はたらふくチョコが食えるんだけどv」 「そうなんだ・・・」 考えたこともなかった翼の実状にヒカルはうまく笑えなかった。 しかし、タイミングよく聞こえた玄関で帰宅を告げる声にそれに気付く者は誰もいなかっ た。 「ただいま」 「お。噂をすれば・・・だ」 「ちぃ兄!」 「翼ちゃんv」 今まさに話題にしていたこともあって、真っ先に今年の翼の収穫を見ようと魁と芳香が魔 法部屋を飛び出した。 「「おっかえりー!って・・・アレ?」」 勢いよくハモって出迎えた二人の声は翼の姿を見て急速にしぼんだ。 「んだよ」 姉と弟のその様子に翼は不審気に眉をひそめる。 「何ってちぃ兄・・・荷物そんだけ?チョコレートは?」 「ああ?」 「ま、まさか今年はゼロ!?」 「うるっせーな。断ったんだよ全部」 二人の言わんとするところを悟った翼は如何にも鬱陶しそうに大股で廊下を歩き始めた。 「「断ったぁ!?全部ぅ!?何でぇ!?」」 歩きながら聞かされたその言葉に後ろを追いかけていた二人は素っ頓狂な声を上げる。 その反応に翼はさらに不快気に舌打ちした。 「どうでもいいだろ、ほっとけよ。何となくだよ。何となく今日はそーゆーのうざかった んだよ」 「何それひっど〜い。女の子の気持ちだよ〜?」 「勝手なこと言ってんなよ芳姉。どうであれ受け取りたくなかったもんは受け取りたくな かったんだっつの」 「勿体ね〜。ちぇ、めいっぱいチョコ食うの楽しみにしてたのに〜」 「人のチョコ当てにしてんなこのバカ!!」 魔法部屋まで続いた騒ぎだったが、麗はそんな翼に何も言わずに微笑んで言った。 「お帰りなさい。・・・翼ちゃん、私のケーキは食べてくれる?」 「・・・ああ」 バツが悪そうに翼が頷いたのを機に、蒔人がパンッとひとつ手を打ち鳴らした。 「よーし、それじゃあ家族全員揃ったところでバレンタインパーティだーっ!!」 「ヤダ、何それ〜。お兄ちゃんヘ〜ん」 そこからなしくずしに盛り上がったその場に、何となく漂っていた気まずい空気はあっさ りと消し飛ばされた。 蒔人いわく、バレンタインパーティがお開きになってしばらくして、ヒカルは翼の部屋を 訪れた。 「翼」 ノックして声を掛けると、「開いてる」との声が返ったのでヒカルは遠慮なくドアを開け中 に入った。 「麗のケーキ美味しかったね」 「ああ麗姉の必殺技だからな」 「必殺技?」 「得意中の得意ってこと」 「ああ、なるほどね」 そんな何気ない会話を交わす。 「先生は『バレンタイン』っての知ってたわけ?」 「いやぁ全然。今朝芳香と麗に教わったんだよ」 「ふうん」 「今でこそ色んなカタチがあるみたいだけど・・・基本的には女性から男性に想いを伝え る恋愛イベントなんだってね」 「まあね」 そこで不意にヒカルは押し黙った。 それまで普通に会話していたのに突然言葉を切られて、翼はそんなヒカルを訝しく思いな がらも、何かを思いつめたような表情を目にして、ヒカルが口を開くのを待った。 「翼・・・。君が今日誰からもチョコレートを受け取らなかったのは・・・もしかして僕 の為かい?」 「・・・そうだよ」 何となく予想はしていたヒカルの言葉を翼はあっさり肯定する。 「当り前だろ。フリーならいざ知らず、今俺にはその・・・あんたっていう恋人がいるん だぜ。受け取ったりしたらかえって不誠実だろ」 「うん・・・」 正論をかざす翼にヒカルの表情はますます曇っていく。 ヒカルのその態度が理解できなくて翼は苛立った。 「何だよ。何でそんな顔すんだよ。俺なんか間違ってるか?」 「いや・・・。ただなんだか申し訳ないと思ってね」 「は?」 「翼を想う女性はこの地上にたくさんいるのに、僕が・・・男で、年上で、まして地上人 でもない僕なんかが翼を独り占めしてしまっているのが少し心苦しいというか何という か・・・」 「なんだよそれ!!」 考えられないヒカルの告白に翼は激昂した。 彼のエレメントである雷が怒りを含んで迸るような厳しい声に、ヒカルははっと顔を上げ る。 「関係ねぇだろそんなこと!男だとか女だとか、天空人だとか地上人だとか、全然関係な い。俺があんたを好きなんだよ!それだけだ!だから・・・あんたがそんな風に思うこと ない。そんなこと・・・言うなよ・・・」 痛々しいほど真剣に、泣き出しそうな顔で必死にそう言い募る翼を前に、ヒカルは自分の 言葉が彼を傷つけてしまったことを悟り、己の間違いを悔いた。 「そうだね・・・ゴメン」 「そういうあんたこそどうなんだよ」 「え?」 続く翼の意外な言葉に項垂れていたヒカルは一転して目を丸くした。 「俺みたいな年下のひねくれた男より家庭的で優しい麗姉みたいな女の子のほうがいいん じゃねーの」 「な・・・どういうことだいそれは!?」 「見たぜ俺。朝バイトに行くときに台所覗いたら、麗姉と先生、二人で何かすげー楽しそ うにしてたじゃねーか」 「あ・・・あれ。嫌だな見たのかい?」 「ああ見た。お似合いだったぜ。声も掛けられねぇぐらい絵になってた」 「ち、違うよ翼、それは誤解だ!あれはそんなんじゃなくってその・・・ちょっと待って! ルルド!」 すっかり不貞腐れてしまった様子でぷいと横を向く翼に、珍しくも盛大に取り乱したヒカ ルは慌てて手のひらをかざし呪文を唱えた。 呪文と共にヒカルの手のひらで閃いた光が収束すると、そこにはリボンのかけられた小さ な小箱があった。 ヒカルはそれをおずおずと翼に差し出す。 「コレを・・・作ってたんだ」 「それってまさか・・・」 「うん。一応チョコレート・・・だよ。見るも触るも初めてでね。うまく出来てるか分か らないけど麗に教えてもらいながら一生懸命作ったんだ。勿論魔法は使わずに」 照れ臭そうにそう告げるヒカルの手の中のものを翼は信じられないものを見るようにまじ まじと見つめた。 「その時の僕が楽しそうに見えたのならそれはきっと翼のことを思ってたからだよ。だっ て・・・翼の為に作ったんだから・・・」 「先生・・・」 「受け取ってくれるかい?」 限りない愛情に満ちた微笑みでそう言われれば、もはや翼に言葉はなかった。 子供じみたくだらない嫉妬に駆られた自分が恥ずかしくて、しかしそれを上回って嬉しく てどうしようもなくて、翼は複雑な表情で笑う。 「はは・・・まさか先生から貰えるとは思ってなかったぜ」 「?翼?」 「あー・・・やべぇ、どうしよ。マジすげぇ嬉しいんですけど」 「翼」 ヒカルの手から小箱をそっと受け取り、大切そうに見つめながら翼はやっとはにかむよう に笑った。 それにつられてヒカルも口元を綻ばせた。 「ありがとう。変なこと言って・・・ごめん」 やがて静かにそう呟いた翼にヒカルは首を横に振ったが、続けて意外なことを言い出した。 「ううん。ところで、ねぇ翼」 「何?」 「翼からはないのかい?」 「へ?」 「翼から僕にはないの?」 「いや、だって普通それはさ・・・」 期待に瞳を輝かせてそんなことを聞いてくるヒカルに翼は焦った。 反射的に『男が贈る物ではない』という一般論を説こうとしたものの、よく考えれば自分 たちは男同士で恋人同士なわけだからそんな一般論ははなから通用しないのだという事に すぐに思い至り翼は口をつぐんだ。 事実ヒカルは男性でありながら翼にチョコレートを用意したのである。 而してヒカルが自分も翼からもらえるだろうと考えるのは至極当然のことではあった。 そう了解したもののない袖は振れず、翼はもごもごと歯切れ悪く口篭もりつつ頭を下げた。 「あ〜・・・うん、その、悪い」 「そうか・・・」 翼がそう口にした途端、あからさまに寂しそうにしょぼんと目を伏せるヒカルを前にして、 翼は泡を食って捲くし立てた。 「そ、そんな顔しないでくれよ!ちょっと俺的に思いつかなかったっつーか・・・。分か った。ホワイトデーにはちゃんとお返しするからさ。それで勘弁してくれよ!」 「ほわいとでー?」 バレンタインデーのことをヒカルが芳香や麗に教わったと聞いた翼は、抱き合わせで3月 14日、ホワイトデーのことも聞いただろうと頭から思い込んでいた。 だからこそそうフォローしたのだが、予想に反して不思議そうに目を瞬いて小首を傾げる ヒカルに翼は嫌な予感を覚えた。 「え?麗姉や芳姉から聞いて・・・ない?」 「うん。知らない。ホワイトデーってなんだい???」 邪気のないヒカルの答えに翼は自爆したことを瞬時に悟ったが後の祭り。 それから一ヶ月、小津家には家族の目を盗んではクッキー作りに精を出す翼の世にも珍し い姿があったのだった。 |
初めて兄弟全員出してみた。(笑)
私は黄金も好きだけど金青も好きです。
魁v山崎さんも好きだし
兄貴v江里子さんも好きvvv
何気に全部盛り込んでみたり。(笑)