| あらしのよるに |
ひどい嵐の夜だった。 翼は寝付けずに布団の中で身動ぎを繰り返していた。 風雨の音がうるさいわけでも、まして恐いわけでもなかった。 ただ、時にゴロゴロと低く唸り時につんざくような音を伴って閃く、嵐の中に満ち満ちた エネルギーが翼を落ち着かなくさせた。 雷のエレメント。 黄色の魔法使いとしてその力を身に宿してから、嵐の夜には眠れなくなった。 自分の中でエレメントの力が増幅して渦巻くのが分かる。 だからといってどうすることもできなくて、翼はそれを身の内に抱え込んでただただ嵐が 過ぎ去るのを待った。 しかしその夜、翼は声を聞いた。 自分の名前を呼ぶ声を。 頭の中に直接囁かれるその声に導かれるように翼はベッドから抜け出した。 部屋を出て、階段を下りて・・・翼は階段の踊り場にある魔法部屋への入り口である壁の 前で足を止めた。 声は間違いなくここから聞こえる。 この時間、今そこにいるのは一人しかいない。 一瞬戸惑ったが、翼はゆっくりと魔法部屋への壁をくぐった。 「翼・・・?」 部屋の中は暗く、アンティークなランプのほの赤い明かりが周囲の影を浮き上がらせる中、 ヒカルはベッドの上で身を起こした。 「どうしたんだい?こんな時間に」 入り口の壁に立ったまま黙っている翼に、ヒカルは驚いたように目を丸くして問い掛けた。 「人のこと呼んどいて・・・どうしたはないんじゃねーの」 その言葉にヒカルは小さく息を呑んだ。 「呼んだ・・・?僕が・・・?」 「呼んだだろ。ずっと聞こえてたぜ」 「そう・・・か。参ったな。僕としたことが」 苦笑しながら照れ臭そうに前髪をかき上げるヒカルに、翼は肩をすくめて側へと近づきベ ッドに腰かけた。 「どうしたんだよ・・・」 翼はヒカルの方を見ずにぼそりと呟くように言った。 そんな翼にヒカルは目を細めた。 「うん、実はね・・・ちょっと苦手なんだ」 「何が」 「こんな日さ」 「こんなって・・・嵐?まさか恐いとか?」 「う〜ん、なんだか落ち着かないというか・・・いや、やっぱり恐い・・・のかな。僕の エレメントが全く感じられないから」 「太陽か・・・。でもそれじゃ普通の夜も恐いわけ?」 「そんなことはないよ。宵闇の静寂なエレメントは全ての命を優しく包み込んでくれるも のだ。それと違って嵐の夜は様々なエレメントが荒ぶっていて飲み込まれてしまいそうな 感じがするんだよ」 「・・・悪かったな」 「は?」 突然翼が不機嫌な声を発したのでヒカルはキョトンとして小首を傾げた。 翼は不機嫌な声のまま続けた。 「一番荒れ狂ってんのは俺のエレメントだ。悪ぃけど、俺のはこんな日が一番充実するら しいんでね」 思いもよらない言葉にヒカルは思わず吹き出した。そしてそのままひとしきり声を上げる のを堪えるように肩を震わせて笑い続けた。 「何だよ」 翼の声はさらに不機嫌になる。 「ははは・・・それは翼のせいじゃないよ。でも、それなら翼が側にいてくれてると心強 いな」 「あ?」 「申し訳ないけど、本当に君を呼んだつもりはなかったんだよ。無意識に誰かを求めてし まうほど心細くなっていたなんて我ながら恥ずかしい限りだ」 言いながら本当に恥ずかしそうに、はにかむように笑うヒカルを横目に見て、一瞬翼の心 臓が高鳴った。 「でもそうだね。こんな時一番力を発揮できる「雷のエレメント」を持つ黄色の魔法使い が側にいてくれれば恐いものなしだ」 そう言って、ヒカルはやんわりと翼の手をとった。 「一緒にいてくれるかい?」 微笑むヒカルに翼は困惑気に眉をひそめた。 高鳴り続ける心臓に翼は無意識に唾を飲む。 「よせよそんな・・・見込み違いだよ先生」 「え?」 「確かにこんな嵐の日には俺の魔法力の源である雷のパワーはそこら中に満ち溢れてる。 けど・・・それで俺が強くなれるわけじゃない。むしろ逆なんだ」 「翼・・・」 「俺はまだ未熟だからさ。大気の・・・自然のもたらす力を取り込んで制御するなんて真 似できねぇんだよ。俺の中で勝手に漲っていく力に俺自身振り回されてる」 「それで・・・そんな時はどうしてるんだい?」 「どうもしねぇよ。ただ落ち着くのをじっと待つだけだ。情けねぇよな」 「そんなことは・・・」 「だからさ。期待に添えなくて悪いけど・・・俺を呼んだのは・・・逆に不味かったかも」 そこで翼はヒカルの手をぎゅっと握り返した。 ヒカルはされるがままにただ翼の横顔を見つめていた。その口元に笑みはなく、何かを待 つようにきゅっと引き結ばれている。 「俺・・・やばいかもしんねぇ」 「翼」 「止まんねぇかも」 「つば・・・っ!!」 唐突に腕を引かれ、ヒカルは体勢を崩す。 翼はそんなヒカルを抱きしめていた。しかしその腕は小刻みに震えていた。 「翼・・・?」 「ごめん。先生は俺を呼んだわけじゃないんだよな。誰でも良かったんだよな。たまたま 俺が聞こえちまっただけなんだよな。よりによって俺で・・・ごめん」 それを聞いてヒカルはふっと口元に笑みを作ると、翼の背に腕をまわした。 「センセ・・・っ」 「違うよ翼。それは違う。確かに僕は無意識だったけど・・・僕は君の名前を呼んだんだ ろう?そしてそれは君にしか聞こえなかった。それはつまり・・・そういうことだよ」 「そんな・・・そんなこと言っていいのかよ」 「何が?」 「嬉しくなる・・・っ」 「それが?」 「だから・・・っ!!」 翼は抱きしめていた腕を振り解くと勢い任せにヒカルの唇に口付けた。一瞬だけ強く押し 付けて離れる。ヒカルの腕を掴んだまま顔を伏せて翼は声を搾り出すようにして言った。 「俺アンタのことが好きなんだよ」 「うん」 「やばいって言ったよな」 「うん」 「止まんねぇかもって言ったよな・・・!」 「翼」 諌めるような厳しい口調で名前を呼ばれて、翼はびくりと肩を震わせた。 そんな翼の頬を口調とは裏腹にヒカルの手が優しく包み込んだ。 促されるままに顔を上げると、そこには愛しむように微笑むヒカルの顔があった。 「僕も言ったよ。『一緒にいてくれないか』って。聞こえなかったのかい?」 「先生・・・」 「翼に側にいて欲しいんだ」 「先生・・・!」 翼はヒカルを抱きしめてヒカルが横になっていったベッドへと押し倒した。 夢中で何度も唇を重ねる。今度は押し付けるだけではなく、深く。 そしてヒカルもまた従順にそれに応えた。 「ねぇ翼」 「何?」 「僕は・・・今だけ君の『先生』をやめてもいいかな」 「え・・・と、それは・・・」 「僕の本当の名前はサンジェルだけど・・・この姿だとやっぱり『ヒカル』かな」 「ヒ、カル・・・」 ぎこちなく名を呼ぶ翼にヒカルは笑って言った。 「好きだよ、翼」 風が吹き荒び雨なお降りやまず、雷鳴がいつまでも鳴り響く。 そんな嵐の夜だった。 |
黄色の魔法使い大暴走。(笑)