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デカグリーンこと江成仙一。
昼行灯と言われ、日頃柔和な笑顔を絶やさない(たとえその裏で何を考えていようと)彼
が本気で怒るとその面から表情が消える。
「・・・・・・」
今まさにその無表情を前にして伴番は肩をすくめて縮込まっていた。
「・・・センちゃん・・・」
おずおずと呼びかけても対面に座した仙一から返事はない。
「だって・・・昨日までだったんだもん。センちゃん昨日遅番だったから一緒に行きたく
ても無理じゃん・・・」
「・・・・・・」
「それにセンちゃんあんまり好きじゃないだろ?だから・・・」
「だから?」
つらつらと並べられる言い訳めいた言葉に、仙一の冷たい声が返った。
ビクリと体を強張らせながらもようやく掴んだ会話の糸口を逃すまいと、伴番は顔を上げた。
「だからさ!だから・・・」
「ホージーと行ったんだ?」
そう言って仙一は一枚のチラシを摘み上げヒラヒラとひらめかせた。
それを見て伴番はぐっと押し黙った。
そのチラシはとあるホテルのレストランで催されていたケーキバイキングの広告だった。
そう。それは昨日の出来事。
伴番がこの催しを知ったのは業務終了直後のロッカールームでだった。
誰が放置していたのか共同の座椅子の上にそのチラシを見つけ、大の甘党である伴番は即
座に食いついた。
見れば丁度当日の夜をもってその催しは終了。
雑誌などにも紹介されるような有名店のケーキの食べ放題に目がくらんだ伴番は、たまた
ま同様に仕事を上がってロッカールームに入ってきた宝児を何も考えずに誘ったのだった。
実は宝児もまた伴番に負けず劣らずの甘党である。
伴番にしてみれば、同じ甘いモノ好き同士、一人で行くより二人で行く方が楽しいと思っ
ただけで他意があったわけでは決してない。
仙一に言わなかったのも、その日仙一は遅番でまだ勤務中であり、話す機会がなく言いそ
びれてしまっただけで。
(ぶっちゃけその時は取るものも取りあえずはやく食べに行きたかったというのが本音で
はあるが)
しかしながら伴番の思惑がどうであれ、恋人である仙一に黙って他の男、しかもよりによ
って仙一が最も警戒している相手と夜、ホテルのレストランなどという場所で二人で食事
をするということが傍目にはどう映るか。
ケーキをたらふく堪能して帰ってきた自室で、徐々に落ち着いてきた伴番はようやくその
ことに思い至りちょっと不安になっていたのだが・・・。
案の定それは思い切り仙一の逆鱗に触れたのである。
「・・・ごめんなさい・・・」
そう小さく呟いた伴番に仙一は無表情のまま言った。
「それは?何に対して謝ってるわけ?」
「え・・・」
「ホージーと浮気したこと?」
「な・・・っ!」
あんまりな仙一の言葉に伴番は目を剥いた。
「そんな・・・そんなことしてないっ!!」
「どうだかね」
声を荒げる伴番にも仙一は眉一つ動かさない。
頑なな仙一の態度に伴番は涙が込み上げるのを堪えて叫んだ。
「そりゃあ俺バカだった・・・考えなしだったよ。センちゃんの気持ちも考えずに相棒誘
って二人で出掛けたことも、センちゃんに黙ってたことになっちゃったのも悪いと思って
る。でも浮気なんてしてないよっ!俺が好きなのはセンちゃんだけだもん!!信じてよ
っ!!何でもするから・・・お願いだから信じて・・・嫌わないでよ・・・っ!」
とうとう最後にはしゃくり上げ、伴番の目から大粒の涙がこぼれた。
その様子に仙一は小さく溜息をこぼし、伴番に手を伸ばした。
ぶたれるのかと一瞬固く目を閉じて身構えた伴番を、仙一は柔らかく抱きしめた。
「まいるなぁ。それ反則だよバン」
「セン・・・ちゃん?」
「そんな風に泣かれたら何も言えなくなっちゃうだろ?」
「許して・・・くれるの・・・?」
不安と期待におどおどしながらそう訊ねると、仙一は伴番を抱きしめたままこっくりと頷
いて、伴番はそんな仙一にしがみついた。
「センちゃんごめん!ほんっとーにごめんなさいっ!!」
「ただし」
「え?」
「二度とこんなことしないようにしっかりお仕置きはさせてもらうよ?」
仙一に許してもらえた喜びに舞い上がっていた伴番は、ニッコリと笑ってそう言った仙一
の言葉に思わず固まった。
一転してこめかみを冷たい汗が伝い頬が引き攣る。
「何でもするって言ったよね?」
さらに笑う仙一の頭に尖った角、背中に黒い羽のの幻影を見て、奈落の底に突き落とされ
た心地の伴番の目には、さっきとはまた違った涙が滲んだのであった。
かくてある日の仙一の部屋。
ついにお仕置きが決行される日がやってきた。
「さて、と。こんなもんかな。バン、用意できた?」
ダイニングキッチンのテーブルを片付けながら仙一は隣室にいるはずの伴番に声をかけた。
「?」
しかし返事がなく、仙一はひょいと伴番のいる部屋を覗き込んだ。
「バン?・・・と、な〜んだぁ。準備できてるじゃないv」
「・・・センちゃぁ〜ん・・・」
情けなく眉を下げ半ベソになりながら涙声で仙一を振り返る伴番の出で立ちは常日頃のも
のではなかった。
だからこそ伴番は泣きそうなのだが。
フリルのついた純白のブラウスに膝上15cmのショッキングピンクのミニスカート。
足元には踝丈のこれまたフリルの靴下をあしらい(当然無駄毛処理済)、とどめはバストライ
ンを強調するように大きく胸の開いたミニ丈のスカートと同色のエプロン。
どこからどう見てもまるっきり某ファミレスのウェイトレスのコスプレである。
ついでとばかりに髪型もいつものツンツン頭ではなく下ろされて、幾分柔らかい印象のあ
る意外と色素の薄い髪にスカートとエプロンと同色のカチューシャまでつけられていた。
「う〜ん完璧!思った通りよく似合うよバンvvv」
「似合う訳ないだろぉ!?俺男だよ!?胸ないし、身長181cmあるんだよ!?」
「いやいや、そこらのホンモノさんにだって全然負けてないよ〜v」
「うう・・・」
何をどう言っても聞く耳持たずニコニコとこの上もなくご満悦な仙一に、伴番はがっくり
と肩を落とした。
「ホントにこのカッコでやるの?」
「もちろん。これはお仕置きなんだからね。こっちの準備はしておいたよ」
「でも・・・でも〜・・・」
「武士の情けで記念写真は勘弁してあげるよ。それとも・・・撮ってもらいたい?」
「結構ですっ!!」
仙一の恐ろしい提案に伴番は震え上がって大きくぶんぶんと首を横に振り、そのまま逃げ
るようにキッチンへと急いだ。
キッチンのテーブルの上には、秤にふるいにボールに泡立て器・・・といった器具と一冊
の本。
『初めてでも失敗しないケーキ作り』というタイトルが物語る通り、仙一が伴番に要求し
たこととは手作りのケーキを振舞うことであった。
菓子類こそ作ったことはないもののそれなりに自炊はする伴番である。
あの仙一が『お仕置き』と言ったからには何かとんでもないことをやらされるのではと思
っていた伴番は、初めて挑戦するという不安はあれど正直そんなことでいいのかと拍子抜
けすると同時に胸を撫で下ろしていた。
が、しかし。
伴番が最初に危惧したとおり、やはり仙一はそんな甘い男ではなかったのである。
どこからどうやって調達してきたのかとか、これを男の自分に着せて楽しいと思うその神
経だとか・・・突っ込みドコロ満載なその衣装を手渡され、当然のように着用を命じられ
た瞬間伴番は魂が抜けていくのを感じた。
しかしいくら逃避してみても現実は現実で。
これが『お仕置き』だと言われれば伴番に拒否が許されるはずもなく。
「俺・・・そんなに悪いことしたのかな・・・。うう・・・センちゃんのバカ、意地悪、
ヘンタイ・・・っ!」
と心の中で今さらな泣き言を並べつつ、伴番は泣く泣く有り得ない衣装に袖を通したのだ
った。
「じゃ早速始めてもらおうかな。楽しみにしてるよバン♪」
椅子に座りテーブルに頬杖をついて傍観姿勢をとりつつにこやかに手を振る仙一に、伴番
は羞恥に赤く染まる顔をさらに首まで染めながらも、足を合わせて必死にスカートの裾を
掴んで下げていた手を離し、意を決したように胸の前で両拳を握り締めた。
「よし・・・っ!」
伴番は目を閉じて大きく二、三度頭を振ると、極力自分の服装を意識しないように努めな
がら本を開いた。
一通りの手順をさらい、まずは小麦粉をふるいに掛けるべく伴番は大き目の皿とふるいを
手にとって目の前に並べた。
が、肝心の小麦粉が見当たらない。
「センちゃん、小麦粉は?」
「ああ、あそこ」
伴番が訊ねると仙一はシンクの上にある戸棚を指差した。
身長181cmの番伴でもやっと手が届くぐらいの高さにあるそこの扉を開くと、小麦粉
は確かにあったが手前より少し奥の方にあって、伴番は思わず背伸びして手を伸ばした。
すると。
「!!?」
その瞬間ただでさえ心許なかったスカートの裾がさらにせり上がって、それに気付いた伴番
は慌てて背を伸ばすのを止め、後ろ手でスカートの裾をぎゅうっと押さえた。
真っ赤になりながら伴番はゆっくりと首だけまわして背後の仙一を睨んだ。
「ん?何?どうかした?」
そんな伴番の視線などどこ吹く風とわざとらしくもしゃあしゃあとかわす仙一を「絶対わ
ざとだ・・・っ!!」と心の中で詰りながら、伴番は唇を噛んだ。
そしてどうにかこうにか小麦粉を下ろしてふるいに掛け・・・次は砂糖を量ろうと思った
ら今度は砂糖がなかった。
「センちゃん・・・砂糖は・・・?」
「そこ」
先程のこともあって、いや〜な予感を感じつつ伴番が訊ねると、仙一は今度はシンクの下
の戸棚を指差した。
流石に今度は裾を気にしつつしゃがみ込み扉を開く。
しかしそこには目的のモノは見当たらなかった。
「ないよ?」
「あれ、おかしいな。ピンク色の容器に移しといたはずだけど・・・ない?」
そう言われてもう一度中を覗くと、仙一言うところのピンク色の容器はかなり奥の方にあった。
しかし発見したはいいものの少し手を伸ばした程度では届かなくて、ムキになった伴番は
しゃがみ込んだ姿勢から前のめりに身体ごと伸ばして奥を探った。
「!!??」
その拍子にまたしてもスカートの裾がずり上がり、尚且つ勢い四つん這いに這うような態
勢なっていることにも気がついて、伴番はやっと届いた砂糖の入った容器を手に大慌てで
その場に座り込んで裾を直した。
「・・・・・・」
突き刺さる視線にゆっくりと顔を上げ後ろを振り返ると、ニヤニヤとことの他楽しそうな
仙一と目があって、伴番は赤く染まった目元に涙を浮かべた。
「どうしたの?バン♪」
『もうヤダ〜』という心の叫びをいくら視線で訴えても発案者である仙一が取り合ってく
れるはずもなく、哀れ伴番はその後もさらなるセクハラにさらされながら己に課せられた
試練を全うするのだった。
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