右手



明石暁は無類の冒険好きであると同時に無類の読書家でもあった。
暇さえあれば本を読む。
今日も今日とて出動もない平和なサロンで明石は本を読み耽っていた。
それはさして珍しい光景ではないはずなのだが、菜月はどうにも気になってつい声をかけ
てしまった。

「ねぇねぇチーフ」
「ん?」
「それなぁに?」
「ん?この本か?」
「そうじゃなくて、その右手」
「右手?」
言われて明石は自分の右手を見た。
左手は本を開いて持っている。
右手は・・・なぜか宙をさ迷っていた。
「え?」
自分でも気付いていなかったことに明石は目を丸くする。
「何かね。チーフってばさっきからずっと本読みながら右手をヒラヒラさせてるから、菜
月気になっちゃって」
「そ、そうか。いや何でもないんだ。・・・と思う」
「ふーん」
珍しく歯切れの悪い明石に小首を傾げながらも菜月はそれ以上追及しなかった。

しかしその後。

「おい明石」
「何だ?」
「お前その右手何やってんだ?」
「・・・・・・」
真墨に指摘されて顔をあげると、また無意識に右手が宙をさ迷っていた。
「なんか探してんのか?なんか触ろうとしてしてるみたいだったぞ」
「いや、別に」
「ふーん」

さらにその後。

「チーフ」
さくらの声に明石は本の字面を追うのを止めた。
「右手、どうかなさったんですか?」
予想通りのさくらの言葉に明石は渋面をつくる。
「発作的な痙攣・・・というわけでもなさそうですが、気になることがあればメディカル
センターに行かれた方が」
「ああ・・・」

そしてさらにその後。

「チーフ、犬か猫でも飼ってるんですか?」
蒼太の声に明石は溜息をついて本を閉じた。
「どうしてそう思う?」
「その右手。それは何か毛足の長いものを撫でている動きです。本を読んでて無意識にそ
れが出るってことは・・・プライベートでは何か常にそういったものが傍らにあるのかと」
「なるほど。流石だな」
「で、犬ですか?猫ですか?」
「いや・・・特に何も飼ってはいない」
「はあ」

その日の夜。
明石は自宅で本を読んでいた。
左手に開いた本を持ち、右手は。
宙をさ迷うことなく膝に乗せられた茶色い髪を撫でていた。
長い茶色い髪の持ち主は、明石の手の動きに喉を鳴らさんばかりに心地良さそうに明石の
膝の上で寝返りを打つ。
「お前の手、気持ちいいな」
「そうか?」
上機嫌にそういう映士に明石は笑って答える。
高丘の実家に住んでいるはずの映士が明石の部屋に入り浸るようになったのはいつからだ
ったか。
とくにもてなすでもなく何をするわけでもなかったが、映士はそれこそ毎日やってきた。
特に拒む理由もないので好きにさせている。
そう思っていたのに、映士がそこにいることが既に当り前になっていることに明石は今日
気付かされた。
「お前の髪、気持ちいいな」
「そうか?」
先刻の映士の口調を真似るようにそう言うと、映士はまた上機嫌に笑った。





映士は犬っぽくもあり猫っぽくもあると思う。
ほんのりらぶらぶ?


<<<BACK