| みるくココア。 |
2月14日。 世にいうところのバレンタインデー。 トレンジャーハンターなどを生業にして世界中を飛び回っていて今まで定住の地をもたな かった真墨は、知識として日本のバレンタインの風習は知っていても身を持って体験する のはほとんど初めてだった。 サロンではさくらと菜月の共同制作だという手作りのチョコレートケーキがふるまわれ、 日頃は挨拶を交わす程度のミュージアム勤務の女性や通勤途中にすれ違う見知らぬ女性か ら次々とチョコレートと思しき小箱や袋を渡された。 それはそれで照れ臭くも嬉しいことだったのだが、その日真墨の気分は決して晴れやかな ものではなかった。 その原因である張本人は、今真墨の目の前で同じようにしてもらったのであろうチョコレ ートを上機嫌で口にしていた。 「いいもんだなバレンタインってのは。一日にこんなにチョコ食ったのは初めてだぜ♪」 そう言って屈託なく映士が笑う。 真墨はそんな映士に苛立ちを覚える。 思えば映士もまたアシュの監視者としてガイ達を追いかけ世界各地を放浪し、真墨以上に 俗世間からかけ離れた暮らしをしていたのだから、人並みに迎えた初めてのバレンタイン というものに舞い上がるのは致し方のないことといえよう。 加えて、映士がその見た目に反して甘いモノが好きなことも意外と誰彼となく親しまれる 性質であることも真墨は知っている。 だから真墨は映士がバレンタインにチョコをもらって喜んでいることを不愉快に思ってい るわけでは決してなかった。 不愉快なのは。 「真墨?何だよさっきから黙りこくって。つーかお前何しに来たんだ?」 真墨の気も知らず飄々とした様子でそう尋ねる映士に、真墨の中で何かが切れた。 「何しに来た・・・だと?」 腹の底から絞り出すような低い声で真墨は言った。 「おう、そうだ。珍しいじゃねーかお前が俺様のトコに来るなんて。何か用があるんじゃ ねーのか?」 「分からねぇのか?」 「何も言わねぇのに分かるわけねぇだろう。何だってんだよ一体」 「・・・・・・寄越せよ」 「何を?」 「チョコに決まってるだろ・・・っ!」 「チョコ?」 「そうだ!!」 「断る」 「な・・・っ!?」 「当り前だろ。これは俺様がもらったモンだぞ。何でお前にくれてやらなきゃならねぇんだ。 大体お前だってたくさんもらってたくせに欲張りな奴だな」 「違ぇよバカ!誰がお前のもらいモン寄越せっつったよ!!」 「誰がバカだ!そう言っただろうが今!!」 「そのチョコじゃねーよっ!!」 「他に何があるってんだ、ああ!?」 「だから・・・っ!」 勢い込むあまりに言葉につまりそのまま唇を噛む真墨をしばしじっと見つめて・・・映士 はハッとなった。 そして恐る恐る思い至った考えを口にした。 「チョコってまさかお前・・・お、俺様にチョコを期待してた・・・のか?」 唖然とした映士の口調に、図星を指された真墨は真っ赤になって開き直ったように喚いた。 「・・・っお、男がバレンタインに恋人にチョコ期待して何が悪いんだよっ!!」 真墨の言葉に今度は映士が赤くなる。 「こ、コイビト・・・っ」 「もういいっ!!」 さらに絶句する映士に居たたまれなくなって、真墨はくるりと踵を返すとそのまま部屋を 出て行こうとした。 映士は慌ててその腕を掴んでひき止めた。 「おい、真墨っ」 「うるせぇっ!!俺は帰るっ!!」 「真墨!」 とられた腕を振り解こうと暴れる真墨を映士は背後からぎゅっと抱きしめた。 「真墨」 「離せよ」 「嫌だ」 「・・・映士」 観念したのか大人しくなった真墨を抱きしめたまま、映士はくっくと小さく笑った。 「何笑ってやがる」 「いや。お前ってホント可愛い奴だよな」 「な、てめ馬鹿にしてんのか!?してんだろ!!」 「してねぇしてねぇ。なんかくすぐったくて妙な気分だぜ。ムズムズしやがる。お前があ んなこと言うからだぞ」 「ふん・・・悪かったな」 「しかし参ったな。マジで何も用意がねぇ」 「いいよもう。よくよく考えてみりゃお前にこんなこと期待した俺が間違ってたんだ」 「自分から言い出しとして今更何言いやがる!お。そうだ確か・・・ちょっと待ってろ!」 「お、おい映士?」 映士は何事か思いつくと真墨を力任せにソファに座らせ、面食らう真墨を尻目にバタバタ と部屋から出て行った。 「待たせたな」 しばらくして部屋に戻ってきた映士の手にはマグカップが握られていて。 そこからは、立ち上る白い湯気が独特の甘い芳香を漂わせていた。 「チョコじゃなくて悪いがこれで我慢してくれ」 そう言って真墨の隣に腰を下ろしながら映士が真墨に手渡したのはホットココアだった。 「・・・お前こんなのいつも飲んでんのか?」 「いや俺様はあんまり飲まねぇ。こないだ菜月が遊びに来た時に買って出してやったんだ。 好きだろ?あいつ」 「へぇ」 「まぁ、いいから飲めよ」 「ああ。じゃ、ま、遠慮なく」 そう言ってカップに口をつけようとしたその時ふと真墨は動きを止め、隣で様子を窺うよ うに真墨を見ていた映士に向き直ってふ、と笑った。 「サンキュな、映士」 至近距離の真墨の柔らかい笑顔と言われた言葉に映士はまた真っ赤になり、照れ隠しに真 墨をボカボカと殴りつけた。 「ば、バッカヤロ!!柄にもねぇこと言うんじゃねぇ!さっさと飲めコンチクショー!!」 「イテッ!痛えって馬鹿やめろ!こぼれるって」 笑いながらそう言う真墨に映士は殴りかかるのを止め、ふんと大仰に腕を組んでそっぽを 向いた。 その様子に苦笑しながら真墨はカップに満たされたココアに口をつけた。 無言のままゆっくりと味わうように時間をかけて飲んだあと、真墨はほっと息を吐いてぽ つりと言った。 「美味い」 「そうか」 「けど90点ってとこだな」 「あ?」 「こればっかりは俺のが上だ」 そう言ってにやりと笑う真墨に映士は溜息をついた。 「菜月にも同じこと言われたぜ。何が違うんだ?」 「教えてやらねぇ」 「この野朗・・・そこまで言うなら自慢の腕前見せてもらおうじゃねぇか。俺様にも飲ませろ お前のココア。今すぐ」 「は?い、今?」 「おう。今日はバレンタインデーだしな。お前が言ったことだぜ。男がバレンタインに恋人に チョコ期待すんのは当り前なんだろ?。なら当然俺様にもその権利はあるはずだ」 「いや、けど・・・まぁいいか。分かったよ」 「よっしゃ!!」 嬉しそうに笑って飛びついてきた映士とひとしきりじゃれあって、真墨は訪れた時とはう ってかわってすっかり上機嫌で今日のこの日に心を込めて映士に特製のココアを振る舞っ た。 そうして二人のバレンタイン初体験の夜は甘く更けていったのだった。 |
やり過ぎ
甘過ぎ
別人過ぎ
(爆)